何のために殺すのか?
何のために料理をつくるのか?

 文化庁の海外留学制度でロンドンに滞在していた2005年7月、ロンドンでは二度の同時多発テロが起こりました。一瞬にして多くの人々の命が奪われ、一瞬にして大都市が麻痺状態に陥る怖さを目の当たりにし、これはただごとではないと思い知らされ、テロリズムは決して対岸の火事ではないと身に滲みました。
  テロリズムの持つ痛ましさを描いた本作『The Arab-Israeli Cookbook』はテロが起こった7月にロンドンで上演されていました。作家のロビン・ソーンズさんにはもう1作、同じくテロリズムを扱った『Talking to Terrorists』という戯曲があります。こちらは3月の稽古段階から見せてもらっていて、ロビンさんとも何度か話をする機会がありました。このときはテロリズムを題材にした芝居を上演したいと思いながら、果たして日本の観客にどこまで受け入れられるだろうかと懐疑的でもありました。
  けれどもテロの恐怖を目の当たりにし、その後に『The Arab-Israeli Cookbook』を観て、懐疑的な思いは吹き飛びました。この作品をこそ、日本の観客に届けなければならないと思いました。テロリズムの持つ痛ましさを「誰かのために料理をつくる」という行為を伴って描くことで、この作品は世界中の誰が観ても、自分に置き換えて考えることのできる普遍性を獲得していたからです。
  「殺すこと」と「料理すること(=食べること、生きること)」。相反することが同時に提示される作品には、深い悲しみとともに圧倒的な「平和への希求」があります。だからこそ、この戯曲を日本で上演したい、しなければならない。日に日にその思いは強くなりました。テロリズムは決して対岸の火事ではないと思い知るために。
※『The Arab-Israeli Cookbook』は2005年7月6日〜8月6日、ロンドンのトライシクル・シアターにて上演されました。



この戯曲の登場人物たちは作者がアラブ・イスラエルでの取材を通して出会った実在の人々です。いま現在も中近東は戦争、紛争、テロなどで不安定な状況にありますが、そこには私たちと同じような普通の人々が暮らしています。登場人物たちのモノローグや会話の中から、彼らの日常が浮き彫りになり、いつ、どこで爆弾テロが起こるかもしれないという不安に駆られながらも、家族や友人たちと気丈に生きている人たちの平和に対する強い思いが、この戯曲からひしひしと伝わってきます。
アラブ・イスラエル日本から遠く離れた国で、宗教、文化、言葉、それに食べているものも違います。登場してくる人々は、土地の料理や食料を実際にキッチンで料理しながら紹介し、自分たちの生活について、考えについて語ってくれます。観客は彼らの話に耳を傾けながら、アラブ・イスラエルの人々、土地や文化について様々な思いを抱くことでしょう。そして、いつしか日本人、アラブ人、ユダヤ人という人種に関係なく、人類という大きなくくりで考えていかなくてはならない大きなテーマに気づかされることでしょう。
 


[ Back ]
Index

劇団一跡二跳
制作:岸本 匡史