「癒し」と「報復」をめぐる物語

 

2組の家族が連れ立って旅をする。
被害者家族と加害者家族。その接点は───殺人事件。

 

 日本では今、「癒し」という言葉がもてはやされています。
 癒しグッズ、ヒーリングCD、癒し系アイドル……。「癒し」から続々と生まれるヒット商品は、数えあげればキリがないほどです。裏を返せば、それだけ「癒されたい」と願う人がたくさんいるということなのでしょう。
 一方で、今や「報復」という言葉も強力です。
 アメリカ同時多発テロ以来、「目には目を」の精神は大手を振ってまかり通っています。暴力に対抗できるのは暴力のみ。やられたら徹底的にやり返す。話し合いなどという生ぬるい方法では解決はない。ヒステリックなほどに、世界中が「報復」に突き進んでいます。
 「癒し」と「報復」。
 とても相容れそうにない、この両者に果たして接点はあるのでしょうか。
 一跡二跳の新作『奇妙旅行』は、「癒し」と「報復」をめぐるドラマです。

 

「私」は旅に出た。
旅先で妻と合流する。
妻との再会は実に久しぶりだ。
積もる話は山とあるが、旅を続けなければならない。
さらに旅先で、自分たちと同じような夫婦と合流する。
そもそもこの旅の目的は、こうして2組の夫婦がともに旅することにある。
合流した夫婦は、非道な犯罪の犠牲となって殺された少女の両親であり、「私」たち夫婦はその少女を殺して今や死刑執行の日を待つ身となった犯人の両親である。
旅は「憎悪」と「和解」を揺れ動きつつ、目的地の見えないまま続いていく……。

 

 殺人犯となった加害者の家族と、殺された被害者の家族。
 恐らく、旅には想像を絶する「憎悪」があることでしょう。他人には理解し得ない「苦悩や苦痛」もあることでしょう。二組の家族は「憎悪」と「和解」の間を揺れ動きつつ旅を続けます。
 果たして、その旅の目的地は―――?
 2組の家族は「癒し」の世界にたどり着くのでしょうか。それとも凄惨な報復が待ち受けているのでしょうか。

 

■ジャーニー・オブ・ホープ
 殺人犯となった加害者の家族と、殺された被害者の家族。
 決して相容れることのなさそうな家族同士が、ともにキャンプしながら心の傷を乗り越えていく。そういう旅がアメリカには実際にあります。
 「ジャーニー・オブ・ホープ」と呼ばれるこの旅は、全米4000人の会員からなる市民団体の主催で1993年にスタートしました。以来、毎年、アメリカの死刑制度を持つ州を旅先に選んで実施されています。そう、この「ジャーニー・オブ・ホープ」は被害者の家族と死刑囚の家族が、死刑のない社会を目指して、ともに旅をするものでもあるのです。
 死刑囚の家族が死刑反対を訴える。これは心情的にわかりやすい。でも、殺された側の家族が死刑制度廃止を訴える。こちらはなかなか腑に落ちにくいものがあります。
 思うに、「ジャーニー・オブ・ホープ」では、旅行者同士が想像を絶するような、「癒し」と「報復」の心理ドラマを展開しているのかもしれません。
 もちろん日本に、こうした市民団体はありませんし、旅も行われていません。
 ですが、死刑制度はしっかりとありますし、何人もの死刑囚に死刑執行が行われています。
 もし日本人が、この旅に参加したらどうなるのでしょう。
 葛藤の果てに和解があるのでしょうか。

 

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劇団一跡二跳

制作:岸本 匡史