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伊達芳野
ベイビー・プレゼンツの待合室。
白衣姿の女がひとり。
横には不釣り合いなほどの、大きな豚の縫いぐるみ。
その女・D、紙パックのオレンジ・ジュースを手に、ハンバーガーをぱくついている。女の食事は楽しむというより、決まりごとのように淡々と機械的にこなされていく。
手帳を見つつやってきた伊達、女Dが目に入り−。
- 伊達
- ちょっとよろしいですか?
- 伊達
- 理想が高いっていいことだと思いますよ。こういうデータ、知ってます?
- 藤枝
- 知りません。
- 伊達
- あなた、10組に1組が不妊カップルだって言ってたでしょ?で、調べたんですがね、その救済方法としてある精子ドナーになれるのも10人に1人、体外受精で成功するのも10人に1人。
突然、鉄砲弾のように芳野が飛び込んでくる。
両手で抱えているのは、豚の縫いぐるみ−。
- 芳野
- 女房、来てるんだって?
- 藤枝
- 芳野さん、その縫いぐるみ…?
- 芳野
- 今そこで伊達ちゃんに会ってさ、お祝いに芳子にあげてくれって、くれたんだよ。女房、会った?
- 藤枝
- もういいじゃないですか、間に合ったんだから。
- 芳野
- 間に合った?
- 藤枝
- 結果オーライでしょ?奥さん、妊娠できたんですから。
- 芳野
- で、精子は?どうなんだ?結局どっちのか分かったのか?
- 増岡
- それなんですがね……
- 増岡
- …よかったのか、あんなにきっぱり言って。
- 藤枝
- 遠回しに言ったって事実が変わるわけじゃないだろ。
- 増岡
- そりゃそうだけど……。
- 藤枝
- だったらストレートに言った方がお互いのためだよ。
- 増岡
- …相変わらずなんだな。
- 藤枝
- それで後悔したことはない。
突然、弾かれたように飛び込んできた芳子、待合室のほぼ
中央まで走って来て、不意に立ち止まる。
うつむきがちな顔、どことなく虚ろなまなざし…。
そこにとぼとぼと、豚の縫いぐるみを抱えた芳野…。
芳子が気配に気づいて、はっと 顔をあげると、芳野もそれに応じ、夫と妻は、初めて医局でばったり出会う…。
- 芳子
- (堰を切ったように)ずっと思ってたの。先週の検診受けてから、あなたに相談しなさいって言われてて、それできちんと話さなきゃっていつも思ってたの。でもあなた、何か話題にするの避けようとしてるし、私もなんだか話しにくいとこあったし……
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