[作] フェルディナント・フォン・シーラッハ [訳] 酒寄進一(『神』東京創元社刊) [演出] 古城十忍
2024年7月19日(金)~ 28日(日)
駅前劇場(下北沢)
[予定上演時間]約 2時間15分(投票・休憩含む)
[助成]
Anmerkung zur Produktion
「さて、そろそろだわね……」
あらかじめ決めていた時刻が近づいてきて、ゆっくりとソファに座る。長年愛用してきたソファはいつ身体を預けてもゆったりとした安らぎを与えてくれる。周りには家族、親しい友人たちがやさしい顔で見守ってくれている。みんなの視線が注がれるなか少し気恥ずかしそうに、手にしたグラスの水で薬を飲んだ。控えめに流れる音楽が心地いい。娘が白い花束を胸元に手渡し、夫が隣のソファに座ってそっと右手を握りしめる。微笑みを浮かべて夫の手を握り返し、静かにゆっくりと、その人は両の瞼を閉じた……。
いつだったか、テレビで観たドキュメンタリーの映像は、実際に行われた「安楽死」に至る様子をことさら何かを煽るでもなく、誇張するでもなく、ただ目の前の出来事を淡々と映していました。
私は驚きました。そこには耐えがたい痛みに苦しむ様子も、「その瞬間」を見守るしかない周囲の人々の抑えきれない喚きや慟哭も、何ひとつなかったからです。どこまでも「穏やか」。そう、ただ、ただ穏やかに、「生から死へと渡っていく」。それは観ていて拍子抜けしてしまうほどに、もの静かなイベントでした。
私の両親は、どちらも壮絶なほどに苦しみ抜いて死んだので(母親のときは医師に「お母さん、心臓がお強いんですね。心臓が弱ってしまうまで、もう少し時間がかかると思います」と言われた)、父も母も「安楽死」という選択があったなら、もう少し自分の人生を慈しんで振り返りながら眠るように逝けたのかもしれない、父と母の最期がそうしたものであったなら、私の「死に対する考え方」も大きく変わっていたのかもしれない。そんなことを考えたりしました。
ところで皆さん、以下の国々には「ある共通点」があるのですが、それが何なのかわかりますか?
「オランダ/ベルギー/ルクセンブルク/オーストラリア/ニュージーランド/スペイン/カナダ連邦」
……どうでしょう? わかりましたか?
実はこれ、「積極的安楽死」「医師による自殺幇助」、そのどちらの安楽死も容認している国々です。
「積極的安楽死」とは、致死薬を注射などで医師が投与して命を絶つ方法のことで、医師が致死薬を処方はするが服用は患者自身で行う方法は「医師による自殺幇助」として区別されています。
つまり、死に至らしめる最後の行為(投与 or 服用)を行うのが医師なのか患者本人なのか、それだけの違いではあるんですが、考え方によってそこには大きな壁がそびえ立っていて、そのどちらかだけなら容認するという国もあるんです。
例えば、「積極的安楽死のみ」を認めている国には、コロンビア、カナダ(ケベック州)などがあり、「医師による自殺幇助のみ」を認めている国には、スイス、イタリア、オーストリア、アメリカ(ワシントン州、カリフォルニア州、ハワイ州ほか)などが挙げられます。いずれにせよ、ここまで名前を挙げた国であれば今現在、安楽死という手段を合法的に選択できる、ということになります。もちろん、日本ではどちらも認められていません。
また「消極的安楽死」とは、生命維持(延命)のための治療を中止する、あるいは行わないことで、これは日本でも要件を満たせば容認されていて、一般的に「尊厳死」と呼ばれています。延命は行わないが、あくまで「自然死を待つ」というスタンスですね。
話は変わるようですが、この1-3月期に放送された連続ドラマ『春になったら』(フジテレビ)では、木梨憲武が演じた「父」が末期癌で余命3カ月と宣告されるものの、延命治療は一切行わない道を選ぶ、という物語でした。つまりこれは消極的安楽死(尊厳死)を描いたドラマでもあったわけです。
私はこのドラマを毎週欠かさず観ていましたが、全体的にハートウォーミングに描かれていたため、私としては「いやいや、もっと苦しむだろうよ」とツッコミを入れたくなる場面も少なくなく、どんなに痛み苦しもうとも延命治療を拒否し続ける「父」が意志の強すぎる「鉄人」のようにも見えたりして、最終回までにこの尊厳死はどんな変遷をたどることになるのか、その描き方がずいぶんと気になったものです。
今回上演する『神[GOTT]』はチラシにもある通り、「安楽死をどう捉えるのか」、換言すれば「命の最期をどう見つめるのか」といったことを観客の皆さんも一緒になって考える舞台になっています。
「ということは、小難しい舞台なのか?」と思われるかもしれませんが、はい、その通りです。とっかえひっかえ、さまざまな立場の専門家が小難しいことも含めて自分の考えを主張しまくります。
ですが私はこの戯曲を読んでいて、その小難しい主張の先に、またその奥にある、人間の持つ弱さや強さ、ずる賢さ、はたまた揺るぎない信念のようなものまでがズシズシ伝わってきて、激しく心を何度も揺さぶられました。戦わされるその激論に「めちゃくちゃ興奮した」と言っても過言ではないです。
もちろん私が味わった興奮を皆さんに届けるには、俳優に「確かな腕」があることは必須です。つまり、出演者全員が完全に当人になりきって説得力ある主張を戦わせてくれるほどに、この戯曲の高揚感は増すのです。そこで今回はこれまで何度も一緒に作品をつくってきた、私が信頼を置く俳優ばかりに集まってもらいました。これで面白くならないはずがない。どうぞ、演劇の醍醐味を存分にご堪能ください。
2024年5月10日古城十忍
Autor
1964年ドイツ、ミュンヘン生まれ。ナチ党全国青少年最高指導者バルドゥール・フォン・シーラッハの孫。1994年からベルリンで刑事事件弁護士として活躍する。デビュー作である『犯罪』(2009)が本国でクライスト賞、日本で2012年本屋大賞「翻訳小説部門」第1位を受賞した。その他の著書に『罪悪』(2010)、『コリーニ事件』(2011)、『カールの降誕祭(クリスマス)』(2012)、『禁忌』(2013)、『テロ』(2015)、『珈琲と煙草』(2019)、Nachmittage (2022)などがある。
Anlässlich der Aufführung
皆さん、「倫理委員会」の公開討論会へようこそ。本日、また皆さんと一緒に、新たな倫理テーマについてさまざまな視点から考えを深められることを大変喜ばしく思っています。
「倫理」は私たちが日々の暮らしを生きていくうえで「行動の規範」となるものです。「人として守り行うべき道」「善悪の判断において普遍的な規準となるもの」と解説している辞書もあります。倫理という概念がなければ、恐らく私たちの社会も私たちの暮らしも実に頼りなく、危ういものとなり、果ては無秩序でめちゃくちゃな世界に陥ってしまうことは目に見えているでしょう。
では、私たちは「何を正しいと考え、何を間違っていると捉えるのか」。その判断は、テーマによってはとてつもない難問になります。人の考えは千差万別、十人十色。いろんな物の見方があることは素晴らしいことですが、かといって、すべては個人まかせ、というわけにはいかず、同じ時代・同じ社会に生きている以上、ある程度の共通認識は必要になります。「ある程度の」、これがまた途方もなく難しいのですが……。
ところで皆さん、「ブルーローズ(青い薔薇)」という花をご存じですか? そう、この討論会会場の室内装飾としてあしらわれている花です。今、ご覧になれますか? 遠目から見ても、とても美しく、どこか異世界のようにも思えます。
実は、このブルーローズ。以前はこの世にありませんでした。というのも、もともと薔薇は青い色素(デルフィニジン)を持っていないため、白い薔薇を青く染めて人工的につくり出すしか生み出す方法がなかったのです。
ところが2002年、バイオテクノロジー技術(遺伝子組み換え)によって、青い色素を持つ薔薇を生み出すことに成功しました。開発したのはなんと、サントリー(SUNTORY Flowers)とオーストラリアの植物工業の共同研究。日本の企業が関わっていた、この14年にも及ぶ開発は世界中の研究者や薔薇愛好家たちを驚かせたそうです。そりゃそうですよね、今まであり得なかった「新たな生命体」を生み出したんですから。
このことに伴って、青い薔薇の花言葉も変わりました。以前は「不可能、ありえない、存在しない」といった意味でしたが、新たな生命体が生み出された今では「神秘、奇跡、夢かなう」と真逆とのような言葉に取って代わったのです。
さて、本日の倫理委員会の討論テーマは「医師による自殺幇助は認められるのか?」というものです。一筋縄ではいかない難問です。私たちは一人一人が、さまざまな視点から、真剣に思索に耽る必要がありそうです。果たして討論会後の投票で「夢かなう」となるのは幇助賛成派なのか、反対派なのか。その結果、私たちの社会にはどのような影響が及ぶことになるのか。
間もなく公開討論会が始まります。たっぷりと心ゆくまで「思考の旅」をお楽しみください。
「公開討論会」実行委員長
Interpreten
Aufführungsdaten
★:アフターイベント
ゲストの医師・長尾和宏さんは、外来診療から在宅医療まで、「人を診る」総合診療を目指す「長尾クリニック」(兵庫県尼崎市)の院長。また、「日本尊厳死協会」の副理事長も務めており、終末期医療・在宅ケアに詳しい。2019年に終末期医療をテーマにした『死に顔ピース』を上演した時にもご登壇願い、「在宅死に希望はあるのか?」を念頭に、「死ぬことの難しさ」について解説してもらったが、今回はさらにディープな「死ぬことの難しさ」が聞けるはず。2022年、国内で死亡した日本人は年間156万人余りで過去最多。2040年には約167万人に達する見込みだという。今や「多死社会」とまで呼ばれている、超高齢化社会ニッポン。果たして、安楽死の行く先はいったいどうなっていくのだろうか。*長尾氏のホームページ→ http://www.drnagao.com/
ドイツ文学者でもあるゲストの酒寄進一さんは、ドイツの劇作家シーラッハの翻訳にかけては間違いなく第一人者。シーラッハの作品は、2012年「本屋大賞」翻訳小説部門第1位に選ばれた『犯罪』、『神』の前に発表された、これまた観客全員が「被告は有罪か?無罪か?」を投票する観客参加型の裁判劇『テロ』の翻訳も手掛けています。こうした野心的とも言えるシーラッハの作品群はドイツではどのように受け止められているのでしょう。「ドイツ演劇」と言えば、古き良きヨーロッパの伝統的作品を大胆に、時に挑発的に現代化する試みが精力的に行われている印象が強いですが、コロナ禍を経た今、ドイツ演劇はどこに視野を置いているのか、メインストリームはどういったものなのか。近年の動向を踏まえながら酒寄さんに存分に語っていただきます。
芝居本編で、みとべさんは「委員長」、みょんふぁさんは「掛かり付け医」、鈴木さんは「法学者」として討論会に臨みます。奥村は安楽死希望者の「代理人」です。もちろん私同様、皆さん、初めて経験する役でしょう。どうでした? 自殺について日頃考えてることあります? まさか自殺希望の人います? え? この芝居を通じて死にたくなったなんてよしてくださいよ。で、どう役づくりしました? 自分の経験はどの程度役立ちました? まったくすべて想像で? 聞きたいことは次々沸き起こります。でも、お気楽には口にできない難問。おのおのどう向き合ったのか。この際、本音で存分に語ってもらいましょう。俳優としての腕にかけてつくりあげた今回のキャラクター。さあ、どうでした? 逃がしませんよ。逃げ腰の奥村が言うのもなんですけどね。(文責:奥村洋治)
ワンツーワークスとしてもなかなかデリケートなテーマに挑む今作。そして観客参加型という新しい挑戦。客席も含めて劇場すべてが演じる空間に含まれる……いわば「お客様すべてが共演者」。こうした状況は、俳優にとって普段と違う感覚があるはず。また、「討論会」という設定による、会話とは違う台詞の難しさ、キャラクターづくりの難しさ。一般的な会話劇とは一線を画すこの作品に俳優としてどんな「心構え」で挑んでいったのか? 演じることを通して「安楽死の是非」の捉え方にどんな変化があったのか? 秘めたる思いや稽古場裏話、共演者・演出家に物申したいことも、余すところなくどんどん吐き出していただきましょう! 本編さながらの熱弁合戦になるのか、ほのぼのとしたお茶会トークで終わるのか、終演後の「討論会」にもぜひご参加ください!
Eintrittskarten
WEB予約:https://confetti-web.com/@/onetwo-w40
電話予約:0120-240-540(平日10:00 ~ 18:00)
TEL:03-5929-9130(平日12:00 ~ 18:00)
ワンツーワークスではこれまでの「学生チケット」3,000円を「U30チケット(30歳以下)」3,000円と「U18チケット(18歳以下)」2,500円の2種類のチケットとし、高校生以下の皆さまのチケットをさらにお求めやすくしました。チケット購入のための証明証の確認が必要となりますので、事前決済ではなく、基本的に当日受付での精算とさせていただきます。
お席は予約順に見やすいお席からお取りします。ご希望があればお申し込みの際に備考欄にお書きください。当日料金も同額です。
ただし、一般料金でご入場の方とご一緒に事前決済をしてチケットを郵送ご希望の場合はその旨承ります。その場合は当日受付で証明証をご提示ください。
(チラシ pdf)
Crowdfunding
クラウドファンディング実施します!
6月21日(金)サイト、オープン!
新シリーズ「命を見つめる」第1弾! 安楽死の是非を問う観客参加型の演劇を上演したい
実施期間 6月21日(金) ~ 7月31日(水)
プロジェクトページはこちら ↓ https://camp-fire.jp/projects/view/755258
Theater
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〒155-0031 東京都世田谷区北沢2-11-8 TAROビル3F
TEL:03-3414-0019
Personal
奥村洋治
おくむら ようじ
ワンツーワークス
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みとべ せきみ
みょんふぁ
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鈴木弘秋
すずき ひろあき
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こやま もえこ
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