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清家、滑り落ちては何度もダッシュを繰り返す。
見ていた久住、なぜかやがて、同じようにダッシュを開始……。
するとどこからともなく作業服姿の少年たちが次々に現れ、ダッシュに加わって、全速力で急斜面を駆け上がっていく。
だが誰もが、たちどころに滑り、転び、落ちていってしまう。
それでも少しでも上の位置を目指し、1分でも1秒でも長くその場所にとどまろうと、何度でも駆け上がって試みる。
何とか駆け上がり静止できた者は、その場であぐらをかいて位置をキープしようとするが、それも難しく、瞬く間に転がり落ちていく。
いつ果てるともしれない、終わりなき繰り返し。
だが不意に、ベルの音が鳴り響いてー。
少年たちが機敏に去って行くなか、一人の少年が、先を行く一人だけ学生服姿の「少年A」を呼び止めてー。


少年Bおい、お前。
少年A………。(振り返って姿勢を正し)はい。
少年Bなんでここに来た?
少年A………。
少年B東大受かったってほんとか?
少年A受かったよ。
少年B……へぇ。
少年Aそれが何か。
少年Bでももうおしまいだ。
少年A………。
少年Bこんなとこに来ちゃったんだからよ。
少年A………。

少年B、薄笑みを浮かべつつ去っていき、やがて少年Aもいなくなる。
清家と久住、それぞれにへたりこんでいたがー。


久住しんどいっすね。
清家あ?
久住こんなしんどい思いしてまで、上に行かなきゃいけないんすか?
清家………。
久住私はとてもとても。自分からリタイヤ宣言しますよ。
清家この辞表、受理されると思うか。
久住喜んで首切るんじゃないですか。
清家………。
久住(弁解めいて)自分がそうだったから。あっけないもんですよ、辞表出したら、ハイお疲れさん。誰も引き留めなかったし。
清家だろうな。
久住景気が悪いんですよ。不況、長引いてるでしょう? 超一流でもすごいんじゃないすか、リストラ。
清家この半期で同期が20人辞めていった。
久住厳しいっすねぇ。
清家部下も3人、お払い箱だ。
久住でもやっぱ、一身上の都合ですね、辞表は。
清家どうして?
久住だって書きます普通、あぐらがどうのこうの。
清家君はこれ、書き直せと?
久住書き直すんじゃなくて、マニュアル通りってことで。
清家何言ってるんだ、それじゃ通らないから苦労してるんじゃないか。
久住え? 前にも出したことあるんですか?
清家この1週間で7通。
久住7通?
清家見るか? 毎日持ち歩いてる。
久住ンなことしてるから仕事に身が入らないんですよ。
清家馬鹿なこと言うな。書いてるのはちゃんと時間外だ。
久住え? てことはあれですか、会社はもしかして、辞めさせたくないってことですか?
清家当然だろう、私ほど仕事熱心な人間はそうそういない。
久住なんで辞めるんですか?
清家………。
久住離婚ですか?
清家離婚?
久住別れちゃったんでしょう、いろいろあって。おっきい会社ほど離婚は出世に響くっていうじゃないですか。
清家離婚は関係ない。
久住じゃ、何すか? 超一流企業で、それだけ必要とされてて、辞める理由ないでしょう?
清家……あれだな。
久住はい?
清家……いざ辞めるとなるとこう、胸騒ぎがするというか、勇気いるだろう?
久住全然。
清家ちっとも?
久住人生、仕事がすべてじゃないですから。
清家君はそういうつまらん男か。
久住何がです?
清家男が仕事に命かけなくてどうする? 誰が日本を支えてると思ってるんだ。政治家でもない。官僚でもない。サラリーマンだぞ。
久住誰も働かないっていってんじゃないですよ。
清家誰も働かないっていってんじゃないですよ。
久住これで決定だな。
清家決定?
久住金輪際、結婚は認めん。
清家またそこいっちゃうんすか?

不意にフラッシュが瞬く。
清家・久住、驚いて振り返ると、いつの間にやら奥のドアで清家一平、上半身を乗り出しカメラを構えていてー。


一平へへ、俺でした。
清家一平……。
一平びっくりした?
清家(相当驚いていて)当たり前だろ。
一平まだまだ甘いね、リハビリ。
清家何がリハビリだ、脅かすな。
久住(清家に)もしかして上の息子さん?
清家ああ。
一平(久住に)もしかして静香がつきあってる人?
久住初めまして、お兄さん。
清家見境ないな、君は。
一平(清家に)結婚、決まったんだ。
久住はい。(一平に駆け寄ろうと)
清家決まってない。
一平じゃなんで来てんの?
清家静香が勝手に呼んだんだ。
久住呼ばれたんです。
一平じゃ決めたんだよ。
久住(駆け寄ろうとしつつ)はい。
清家決めてな、何やってんだね、君!
久住お兄さんと握手を……。
一平いいですよ、そんな。
久住とりあえず気持ちだけ。いいですか?

久住と一平、うんと離れたところで気持ちだけの握手を交わしてー。

一平よろしく。
久住いやぁ感激だなぁ。
清家(一平に)おい、どこ行くんだ?
久住荷物。玄関で今、撮影してたんだ。(といったん外へ)
清家玄関で?
久住手伝いますよ、一平兄さん。
一平平気平気。

一平、いったん外へ出ていく。

久住いやぁ私、一人っ子で、おまけに独身長くて、兄弟、中でもお兄さん、すっごく欲しかったんですよ。家族っていいすね。
清家君は他人だ。
久住またそんな。時間の問題じゃないすか。あれ?
清家何だね。
久住一平兄さん、清家一平ですよね。
清家当たり前だろ。
久住でも静香さんの名前、倉成じゃないですか、お母さんのほうの戸籍に入っちゃってるから。
清家………。
久住こういう場合、私と一平兄さん、兄弟になるんですかね。
清家ならない。
久住ならないんですか?
清家なぜなら静香は結婚しない。君とは一生、他人だ。
久住またそんな。同世代の息子ができて嬉しいくせに。

一平、白布で包まれた大きな荷物のようなものを持って戻ってきてー。

一平改めて見ると、この家とんでもないね。
清家お前は久々だからな、そう見える。
久住いやでも実際、相当なもんですよ。(一平に)荷物、私受けますけど、それ、割れ物ですか?
一平大丈夫。慣れてるから。
清家母さんとこには寄ったのか?
一平直接、成田から来た。
清家そうか。
久住そうだ、ニューヨーク。芸術の勉強に行ってたんですよね。どれくらい?
一平半年。
久住かっこいいなぁ。
一平(荷物のようなものに乗って一気に斜面を滑り降りつつ)そぉお?
久住またその下り方が。ほんとはちょっぴり、気難しい人だったらどうしようって心配してたんですけど、よかったですよ、一平兄さんがお兄さんで。
清家君、少しは遠慮ってものがないのかね。こっちだって久々に親子の対面やってるんだよ。
一平聞いちゃいけないのかもしんないけど、何歳?
久住一平兄さんは確か……
一平25。
久住私、46です。お父さんと3つ違い。
清家お父さんじゃない。
一平20も上の人に兄さんっていわれてもなぁ。
久住駄目ですか?
一平ンー、ま、いっか。
久住聞きましたかお父さん、一平兄さん、結婚許してくれましたよ。
清家………。(真顔である)
久住(一平に)もう一人の、そうだ哲平君。弟さん、今年20歳でしたっけ。
一平そう、かな。
久住となると私が真ん中になるわけだから、上から25・46・20。あれ? なんか順番違う気もするけど、ンー、ま、いっか。

インターホンが鳴る。
清家と一平、やや緊張した面もちでドアを見る。


清家
一平
………。
久住私、出ましょうか?
清家動くな。
久住え?
清家いい、出なくて。
一平……母さんたちかな?
清家鳴らさないだろ、自分の家だぞ。

インターホン、鳴る。

清家
一平
………。
久住(声を潜め)なんで出ないんですか?

不意に一平、急斜面を駆け上がってインターホンへ。

清家一平。
一平このままじゃ昔と変わんないだろ。平気だよ。(インターホンにでて)はい。……はい、清家ですが。……ええ、そうです。………はい。(切る)
清家何だって?
一平隣の人。
清家隣? おい、開けるのか?

答えるまもなく一平、ドアを開ける。
高峰美重子、待ちかまえていたように姿を見せてー。


美重子どうもすみません。………。

美重子、ちらちらっと室内を観察していてー。

一平何ですか?
美重子あぁあの、ただちょっとご挨拶をってそう思っただけなんですけど。今、撮影か何かでいらっしゃってるんですか?
清家いえ、この家の者ですが。
一平写真は趣味で撮ってるんです。
美重子ああ、そうですか、どうもすみません。隣の高峰です。あの高峰の妻の美重子です。
清家あの、隣って(指でさして)こっち側の?
美重子いえ、(指でさして)こっちの。
清家そっちは安藤さんじゃ……
美重子いえ、高峰です。半年ほど前に引っ越してきたんですよ、鳥取から。
清家じゃ安藤さん、もういないんですか?
美重子さぁ、どなたが住んでらしたかは知らないんですけど、格安で売りに出てたんでローンで買いまして。まだ20代なんですけど。
清家20代?
美重子いやだからあの、あたしたち夫婦が。
清家ああ、そうですか……。
美重子でも驚きました。ずっと空き家になってたでしょう、ここ。あちこち売りに出てる中、ここだけ表札出てましたから気になってたんですよ。でもずっといらっしゃらないから、ご家族で世界一周でもしてるのかしらねなんて主人と話したりして。
久住ニューヨークには行ってたんですけどね。
美重子まぁ、ニューヨークに?
久住私じゃなくて、そっちの私のお兄さんなんですけど。
美重子お兄さん……?
清家冗談です。
久住そりゃないですよ、お父さん。
美重子お父さん?
清家それは私の息子で、こっちは私の会社の部下でして。あの、私が清家です。
美重子あぁ、そちらがご主人様。
清家どうも。こちらからご挨拶に伺うべきでした。
美重子いえ、いいんですよ、いらっしゃるってことがわかりさえすれば。まさか皆さんクローン人間だったりしたら困っちゃいますけどねぇ。(笑う)
清家………。
美重子どうもお邪魔しました。
清家失礼します。
美重子(ドア口で振り返り)あぁあの。
清家はい。
美重子主人にもちゃんと話しておきますんで。
清家どうぞ、よろしくお伝えください。

美重子、ドアを閉めて出ていく。

久住……最後のクローン人間って、思いっきり余計でしたね。
清家余計なのは君だろ。
久住だからって会社の部下ってのはあんまりですよ。
清家嘘でも初芝の社員になったんだ。ありがたく思え。
久住それじゃ私、かわいそすぎません?
一平安藤さん、いなくなったんならよかったじゃない、うるさくなくて。
清家お前も余計なことするんじゃない。
一平2、3枚、撮っただけだよ。
清家わざわざ人目を引くことしなくていいだろ。
久住何撮ってたんです?
一平(持ってきた包みをさして)それ。玄関で撮らなきゃ意味なかったから。記録してたんだ。
清家写真に撮るほどの価値はない。どうせ独りよがりの代物だ。
久住あぁ、芸術だ。中に入ってんですね、一平兄さんの芸術が。
一平残念、中に入ってるのはスーツケース。
久住スーツケース?
一平旅の荷物そのまんま、布でくるんでみたんだけどね、くるんだこの丸ごとが完成品。
久住はぁ……。
清家一平、母さんたち待っててもしょうがないから、これ、開けるぞ。
一平(清家に)ちゃんとタイトル、あるんだよ。
久住なんていうんですか?
一平「かくも長き不在」。どう?
久住……そういうの、ニューヨークで勉強してきたんですか。
清家そういうのは勉強とはいわない。道楽っていうんだ。
一平………。(一平、塔のような包みを被写体にシャッターを切る。
清家(厳しく)写真はいい。
久住何もそんな目くじら立てなくったって。
一平(久住に)そっちのもタイトルついてるんだ。
久住あ、これも? そうか、これとそれ、似てますもんね。なんていうんですか?
一平「日常」っていうんだ。
清家日常……?
一平だから父さんは今、日常にあぐらをかいてるってわけ。
清家………。
久住……親子ですねぇ。
一平親子?
清家適当なこといってるだけだ。くだらん。
一平全然変わんないね。わからないものはくだらん、自分のわかるものだけが素晴らしい。
清家そんなもん、誰がわかる? 何の役にも立たない。社会にまるで貢献しない。(久住に)君、わかるかね?
久住一度だけ「高原の森美術館」に行ったことあります。
清家君、何の話してるんだ?
久住「大恐竜展」も見ました。
一平(久住に)ね。こういうの、どう?
久住はい?
一平この二つ、まとめて一つの作品にしちゃうんだ。題して、「日常のかくも長き不在」。
清家開けるからな。(ロープをほどき始める)
一平そして父は日常をひもとく。


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