一平、包みを解く父を被写体にシャッターを切る。 清家、縛ってあるロープをほどき、白布がはらりと落ちると、そこにはダイニング・テーブル、椅子、サイドテーブル……。 リビングを飾る家具が、うずたかく積み上げられている。 フラッシュの瞬きに浮かびあがるように、再び作業服姿の少年たち、整然と現れて、急斜面に上がったかと思うと次々に大の字に寝る。 と、すぐに起きて立つ。正座する。斜面を前後に走って往復する。一瞬止まる。再び、大の字に寝る。起きて立つ。正座する。前後に走る。一瞬止まる。………。 永遠に続くかのような、同じ動作のサイクルが突然止まって「少年A」、あたかも宣言であるかのようにー。 |
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少年A | 「毎日毎日同じことの繰り返し。でも、ここに来る前だっていつも何かを繰り返してた。やってることが違うだけだ。何も変わらない。いったいいつ、ここから出られるのか。みんな気にしてるけど、僕はまるで興味がない。信じないだろうけど、僕は来たくてここに来たんだ。来てみてそれがはっきりわかった。なぜなら僕は負けたのだから。なぜなら僕は敗北者なのだから。その烙印をくっきりと自分の心と体に焼きつけなければ、僕はここから出られない。」 |
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途端に、ベルの音が鳴り響いてー。 少年たち、整然と去っていくなか、一人の少年が、突っ立ったまま動かない、すでに作業服姿の「少年A」に向かってー。 |
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少年C | おい、東大。 |
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少年A | ……はい。 |
少年C | なに、今の作文。反抗? |
少年A | ………。 |
少年C | 家族のこと書けっていわれてんのに? |
少年A | ………。 |
少年C | かっこいいね。 |
少年A | ……すみません。 |
少年C | お前、むかつくね。 |
少年A | ………。 |
少年C、舌打ちして去っていき、やがて少年Aもいなくなる。 清家と一平、家具を出し終え、テーブルや椅子の脚の強度をチェックしたりしている。 久住、家具が包まれていた白布を不思議そうに見ていたが、思い立ったように布の端を持って走り、床に広げてー。 |
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清家 | 何やってるんだ、君。 |
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久住 | 気のせいですかね、この布、内側に模様描いてあるでしょう? |
清家 | それがどうした? |
久住 | なんとなく「ヒト」の形してないっすか? |
清家 | ヒトの……? |
一平 | 「人拓」なんだ、それ。 |
久住 | ジンタク? |
一平 | 魚拓ってあるじゃない、あれの人間版。自分の体にべたべたペンキ塗って、布でくるんでみたんだ。 |
清家 | そんなことまでしてるのか? |
久住 | これ、一平兄さんの魚拓なんですか? |
一平 | だから、この布で覆われてた「日常」はひもとかれるまでずっと、清家一平に抱きしめられてたってわけ。 |
久住 | ……なるほど。そういう意味になるんですね。 |
清家 | 体のいいこじつけだ。 |
久住 | こじつけでもたいしたもんですよ、さすが東大出は考えることが違いますね。 |
一平 | 俺は東大じゃないよ。 |
久住 | あれ、そうでした? |
一平 | 一応、出は美大なんだけど。 |
清家 | こいつは受験から逃げたんだ。受験から逃げ、そしてニューヨークに逃げた。 |
一平 | 自分は逃げなかったっていうのか? |
清家 | 父さんは会社を辞めなかった。職場で頑張り通したんだ。 |
インターホンが鳴る。 清家と一平、再び緊張の色を見せてドアに視線ー。 |
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清家 一平 | ………。 |
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久住 | さっきの。名前なんでしたっけ? 鈴木? |
一平 | 高峰。 |
久住 | その人。……ですかね? |
清家 | だったら安藤さんより質が悪いな。 |
一平 | (やや挑むように)出れば? |
清家 | 出るさ。(向かいつつ布をさし)これ、片づけろ。 |
一平 | 作品は人に見せるものだ。 |
清家 | いいから。 |
一平 | 父さんは人じゃないんだ。 |
清家 | 何? |
一平 | まだ見てないだろ。 |
インターホン、鳴る。 |
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久住 | ……広げたの、私でしたんで。 |
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久住、出し抜けに片づけ始め、ややあって一平も加わる。 一平が加わったところで清家、インターホンに出てー。 |
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清家 | はい。………。………。………。(切る) |
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一平 | 誰? |
清家 | 静香の声だ。 |
久住 | あ、来ました? |
一平 | 何だよ、声って。確信ないの? |
清家 | 訪問販売にお伺いしました。よそ行きの声だった。 |
久住 | 静香さん、そんなバイトしてんですか? |
一平 | シャレだと思うけど。 |
清家、ドアを開ける。 倉成静香、サングラスをかけ、小振りなトランクを持ち、笑顔を振りまきつつ姿を見せてー。 |
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静香 | どうも初めまして、お邪魔します。 |
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清家 | ……何やってんだ、お前。 |
静香 | (ドアを閉めるや)も何、引っ越してきたっていう隣の女。 |
清家 | どうした? |
静香 | しつこいのよ、根ほり葉ほり。お宅、清家さん? どういうご関係? そのトランク、ブランドもの? |
一平 | それで訪問販売? |
静香 | 兄さん!(サングラスをはずし)元気? 少し痩せた? |
一平 | (久住を示し)お待ちかね。 |
静香 | 久住さん! |
久住 | ひと足先にお邪魔してたんだけど……。 |
静香 | 何しに来たの? |
久住 | え……? |
静香 | なんでいるの。 |
清家 | お前が呼んだんだろう。 |
静香 | 呼んでない。呼ぶわけないじゃない。 |
久住 | そんな。 |
清家 | (久住に)話が違うな。 |
久住 | だって静香さん…… |
静香 | ちょっと待って。今そっちに……(と斜面を見下ろし)どうやって行くの? |
一平 | 荷物、滑らせろよ。 |
静香 | 割れ物よ。 |
一平 | 平気だよ。 |
静香 | (トランクを滑り落としつつ)ここ、前からこんなにすごかった? |
清家 | お前が今まで気づかなかっただけだ。(久住に)君。 |
久住 | え? |
清家 | ぼーっとしてないで手、貸したまえ。 |
久住 | 手?(清家が手を差し出しているのを見て)あぁ。(とつなぐ) |
清家→久住→一平の順に並んで斜面で手がつながれて、人梯子ならぬ「人ロープ」が作られる。 靴を脱いで静香、それを伝って下り始めてー。 |
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久住 | (自分の前に静香がさしかかって)なんかいつもと…… |
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静香 | まだ。 |
久住 | はい。 |
静香、ようやく下りてきてー。 |
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静香 | どういうこと? |
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久住 | なんか違う……。 |
静香 | 約束が違うのはそっちじゃない。 |
久住 | その頭……? |
静香 | あぁ。(カツラをはずす) |
久住 | だよね、だよね。びっくりしたぁ。 |
清家 | (静香に)お前は呼んでない。この男が勝手に来たんだな? |
久住 | いやですからね。(静香に)ほら、今日皆さんに正式に紹介するって。 |
静香 | あたし、そんなこと言った? |
久住 | 家族全員、1年2か月ぶりに顔をそろえるからって。 |
静香 | それは確かに言った。でもいい? 顔をそろえるのは家族なの。 |
清家 | 君は家族じゃないだろう。 |
静香 | それを言うならお父さんとお母さんも違うでしょう、離婚してんですから。 |
清家 | 静香にとっては家族だ。 |
久住 | あらら、ごもっとも。 |
静香 | 話したいことがあるとも言った。でもそれはみんなと会ったあと。あたし電話するって念押したじゃない。 |
久住 | それが携帯、調子悪くなっちゃってね。来た方が早いかなぁなんて。 |
清家 | やっぱり勝手に来たんじゃないか。 |
久住 | (清家に)来るの、ちょっと早すぎました? |
静香 | 帰って。 |
久住 | え……? |
静香 | 早いも遅いもない。なんでそう勝手なことするの。 |
久住 | 勝手なことって…… |
静香 | 迷惑よ。あたしの立場も考えて。 |
久住 | ……結婚、考え直そうと思って、る? |
静香 | 思ってない。 |
一平 | (静香に)するんだろ? |
静香 | するわよ。 |
一平 | だったらいてもらえば。 |
清家 | お前は余計なこと言わなくていい。 |
久住 | あの。 |
清家 | 何だ? |
久住 | 今日、何の集まりなんですか? |
一瞬、家族の面々に気まずい空気が流れてー。 |
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久住 | てっきり私、静香さんと私の結婚のこと話し合われるんだと思って、それなりに覚悟を決めて来たんですけど、違うんですか。 |
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清家 | ………。 |
一平 | 母さんは? 一緒じゃなかったのか? |
静香 | 用事できたからって。もう来ると思うけど。 |
久住 | 私、お母さんにも毛嫌いされてますから挽回したくて早めに来たんですけど。 |
静香 | 逆効果よ、そんなの。無遠慮に上がり込ン出るのばれたら、もう二度と会ってもらえない。 |
一平 | そんなに反対してんの? |
静香 | 反対っていうより拒絶反応。 |
久住 | あんたの顔は蠅にも劣るって言われました。 |
一平 | なんだそれ。 |
静香 | 虫酸が走るって意味らしいの。 |
一平 | わかんねぇ。 |
久住 | でも今日はとことん闘いますから。 |
清家 | 久住君。 |
久住 | ……はい? |
清家 | 帰ってくれないか。君の勘違いだってことははっきりしただろう。 |
久住 | ですけど…… |
清家 | 君のために集まったんじゃない。 |
久住 | ………。 |
静香 | ……ごめん。今日必ず連絡するから。 |
一平 | 久住さん。 |
久住 | はい。 |
一平 | 名前、久住っていうんだね。 |
久住 | 自己紹介。まだでした。 |
清家 | 帰れっ。 |
静香 | これ。(携帯電話を渡しつつ)あたしの携帯持ってて。 |
久住 | 連絡、待ってます。(清家に)それじゃお父さん、数々のご無礼、失礼しました。(と一気にドア口まで駆け上がって)一平兄さん。 |
一平 | 何? |
久住 | 46歳、現在無職。久住常久っていいますんで。 |
一平 | またいつか。 |
静香 | 電話するから。 |
久住、ドアを閉めて出ていく。 清家、再び、椅子などリビングの家具を点検し始めていてー。 |
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静香 | ……ごめん、父さん。 |
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清家 | 何が。 |
静香 | 呼ぶつもりなんて全然なかったから、ほんとに。 |
清家 | 当たり前だ。 |
一平 | 俺は何となくほっとしたけどな。 |
清家 | ほっとした……? |
一平 | 静香らしさが戻ってきた。 |
清家 | ………。 |
静香 | 父さんも反対よね? |
清家 | 反対だ。 |
静香 | ……それも当たり前か。 |
清家 | 自分のことばかり考えるな。 |
一平 | 父さんは何だって反対するんだ。 |
清家 | 時期ってものがあるだろう。 |
一平 | 今この時しかないっていうタイミングだってある。 |
清家 | それは将来を見ない奴の言い訳だ。 |
一平 | このままの生活で将来があるのか? |
清家 | だから今日こうしてこの家に集まってる、1年ぶりに。そうじゃないのか? |
一平 | ……そうだよ。 |
清家 | ………。 |
一平 | 母さん、用事できたって何? |
静香 | 仕事のことじゃないかな。 |
一平 | またカルチャー教室始めるんだ? |
清家 | (やや意外)始めるのか? |
静香 | それはないと思うけど。聞いてみれば? |
清家 | ………。 |
一平 | ………。 |
清家 | あの男に話したいことってなんだ? |
静香 | ……いつかは言わないといけないじゃない。 |
清家 | ………。 |
静香 | 話さないほうがいい? |
清家 | 話して得することは何もない。 |
静香 | 後悔したくないと思ってるの。 |
清家 | 話したほうが後悔する。 |
静香 | ………。 |
清家 | 家族のことを考えろ。 |
一平 | みんな考えてる。 |
清家 | 考えてる奴はニューヨークへ逃げたりしない。 |
一平 | 一番いいと思ったから行ったんだ。逃げたわけじゃない。 |
清家 | ………。 |
静香 | 食器持ってきたの。(トランクを取りに行きつつ)母さん、今日こそ自慢の腕を見せてやるって張り切ってたから。前使ってたやつ取りそろえて、5人ぶん。………。 |
静香、トランクを開けることなく手は止まってしまう。 清家、テーブルを抱え上げて動かそうとー。 |
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一平 | 何? |
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静香 | テーブル、移すの? |
清家 | 1年2か月前と同じ。元の位置にきっちり置くんだ。 |
静香 | そっちじゃ座れないんじゃない? |
清家 | それでも、前は座ってた。 |
一平 | もう椅子がもたないよ。 |
清家 | さらに補強すればいい。 |
静香 | まだ補強のしようがあるの? |
一平 | だいたい椅子が自立しない。 |
清家 | 釘で打つ。 |
一平 | また? |
清家 | お前の言い方を借りれば、この家にもう一度「日常を張り付ける」。 |
一平 | ………。 |
一平と静香、父を手伝ってテーブルと椅子を移動する。 清家、金槌と釘を持ち出してきてテーブルの脚を釘で打ち付けていく。1本、打ち終わったところで、見ている一平と静香にー。 |
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清家 | 何見てる。 |
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静香 | ……すごい状況だなぁって。 |
清家 | 自分たちの日常だろう。お前たちも打て。 |
一平 静香 | ………。 |
清家 | 自分で張り付けるんだ。 |
一平・静香、椅子の脚を釘で打ち付け始める。 どこからともなく整然と、少年たちの行進が通り過ぎていく。 「少年A」を先頭に、皆一様に唇を真一文字に、遠くを見るまなざし。 整然とした動きのまま、乱れることなく斜面へ上がっていく……。 静香、釘止めがおおむね終わって、一平が抱えてきた白い包みに目を奪われてー。 |
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静香 | 「戻れない旅」 |
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一平 | 戻れない旅? |
静香 | (白布包をさして)このタイトル。外れた? |
一平 | 全然×。 |
清家 | たいして違わない。 |
一平 | そおかなぁ? |
静香 | スーツケースを包んでるんじゃないの? |
清家 | お見通しだ。 |
一平 | だからってタイトルに旅ってのは無しでしょう。安直すぎるよ。 |
静香 | 「かくも長き不在」 |
清家 一平 | ………。(驚いて静香を見る) |
静香 | 何、あたり? |
一平 | あたり。 |
清家 | (突然、大声を出して笑う、かなり笑う) |
一平 静香 | ………。(不思議そうに見合ったり、父を見たり) |
静香 | ……大丈夫? |
清家 | ……いやぁ、笑ったなぁ、久々に、1年ぶりに笑ったぞ。 |
静香 | そんなに受けることだった? |
清家 | いや急に、なんだかおかしくなってきてな。でもお前、よくわかったな。 |
静香 | だって兄さんの作品の中で、「包むシリーズ」は家族がテーマだもん。 |
清家 | 家族が? |
静香 | それ考えるとわかりやすいわよ。 |
清家 | ………。 |
静香 | 不在なのは旅に出た兄さんのことじゃなくて、哲平のことよね。 |
清家 | (ややあって)そうなのか? |
一平 | あたり。 |
清家 | ………。 |