「少年A」を先頭にした少年たちの行進、乱れることなく斜面を下りて去っていく。 静香、久住が残した紙袋を覗いてー。 |
|
静香 | これも兄さんの? この紙袋。 |
---|---|
清家 | あぁそれ、ワインだ。彼が持ってきた。 |
静香 | 久住さんが? |
清家 | あとで返しといてくれ。 |
静香 | いいわよ。持ってきてくれたんならもらっちゃえば。 |
清家 | 高級品だ。 |
一平 | 悪い人じゃないよな、久住さん。 |
静香 | そうなの。それが一番の取り柄なの。 |
清家 | だからってすべてが許されるわけじゃない。 |
一平 | 久住さんのこと言っただけだよ。 |
清家 | 母さんだって、お前たちだって、悪い人間は一人もいない。だけど許されない。 |
一平 静香 | ………。 |
清家 | 許されないんだ。 |
一平 静香 | ………。 |
インターホンが鳴る。 |
|
一平 | 誰だろ……? |
---|---|
静香 | 母さんじゃない? |
清家 | ………。(静香を見る) |
静香 | 久しぶりに来るんだもん。普通にドア開けて入っちゃっていいのかなって、あたし、ちょっとだけど悩んだわよ。 |
清家、玄関口へ行き、いきなりドアを開ける。 倉成志都美、大きな手提げバッグ二つとささやかな花束を持ち、にこやかに笑顔を振りまきつつ姿を見せると、他人行儀にー。 |
|
志都美 | あら、どうも初めまして。お邪魔します。(と玄関に入るや外に向かって)それじゃどうも、御免ください。(ドアを閉める) |
---|---|
清家 | お前も訪問販売か? |
志都美 | やだ、なんでわかった? |
静香 | あたしもさっきそれやったの。 |
志都美 | あんた、あたしの部下ってことになったから。 |
清家 | 何やってんだ、二人して。 |
志都美 | だってしつこいんだもの。隣の高山さん? |
一平 | 高峰。 |
志都美 | 一平。ちゃんと生きてた? |
一平 | お久しぶり。 |
志都美 | 心配してたのよ。(清家に)ちょっとあなた、これ。(と、花束を渡しつつ一平に)行ったら行きっぱなし、ろくに電話もくれないから。 |
一平 | (荷物を受け取りに並びつつ)そっちが電話するなって言ったんだろ。 |
志都美 | (大きなバッグを渡しつつ)うそ、そんなこと母さん言った? |
清家 | これ、重いな。 |
志都美 | あぁそれ、電子レンジ。 |
一平 | レンジまで持ってきたの? |
志都美 | (靴を脱ぎつつ)だってここ何にもないじゃない。 |
清家 | 店屋物でよかったんだよ。 |
志都美 | あなたがここで食べるって言い張ったんでしょう? |
清家 | 作って持ってくるとは思わないだろ。 |
静香 | (一平の後ろに並んでいて)プロがいるのに人に頼むことないよ。 |
志都美 | そういえばあなたの会社の人が来てたってほんと? |
清家 | 会社の……? |
志都美→清家→一平→静香のリレーで荷物を下ろし終え、再び志都美のために「人ロープ」が形成されている。 志都美、まさに下りようとしていた動きが止まってー。 |
|
志都美 | お隣さん、そう言ってたけど誰のこと? |
---|---|
清家 | 誰ってそりゃお前…… |
志都美 | わざわざ会社の人が何しに? |
一平 | 母さん、とりあえず下りてよ。 |
静香 | そうよ。馬鹿みたいじゃない、あたしたち。 |
志都美 | そうね。(と下りかけて再び足が止まり)……もしかして。 |
静香 一平 清家 | (一斉に)何? |
志都美 | (やや押されて)何……? |
清家 | いや別に。 |
一平 | 何? |
志都美 | 前よりひどくなってない、この家。 |
清家 | (ややあって)一緒だよ。 |
志都美 | (下りつつ)前からこんなだった? |
清家 | 多少は沈んだかもしれないが、たいして変わらない。 |
静香 | そうかなぁ、あたしも前より傾いてる気がした。 |
清家 | 気がしただけだ。何も変わってない、変わらない。 |
一平 | 久々に来た奴にはそう見えるってさ。 |
志都美 | そういうものかしらね、はい、OK。 |
志都美、ようやく下りて、人ロープが解かれてー。 |
|
志都美 | 谷岡さんなの? |
---|---|
清家 | 谷岡? |
志都美 | だから訪ねてきたって、会社の。蒲池さん? |
清家 | 谷岡だよ。今日のこと話してあるから。 |
志都美 | わざわざ話したの? |
清家 | 当然だろう、今日だって有給扱いにしてもらってるんだ。それでなくても会社にはずいぶん迷惑かけてる。 |
志都美 | 怒らなくったっていいじゃない。 |
清家 | 怒ってないだろう。 |
志都美 | わかってますよ、それくらい。 |
清家 | 何が。 |
志都美 | あなたは何より会社に義理堅い人。 |
静香 | 母さん、あたし何手伝えばいい? |
志都美 | あぁそうね、準備しなきゃ。(バッグに向かう) |
一平 | (別のバッグを手にしつつ)レンジは前と同じところでいいんだろ? |
志都美 | あら一平、ニューヨークで性格変わった? |
一平 | 変わったとしたら、俺じゃなくて母さんの見る目。 |
静香 | (トランクに向かいつつ)食器は一応そろえてきたから。 |
志都美 | 大皿も持ってきてくれた? |
静香 | 3枚。足りない? |
志都美 | あっためればいいのは2種類なんだけど、なんとかなるか。 |
清家 | おい、ちょっと。 |
志都美 | 何? |
清家 | 先にちょっと座ってくれ。一平。静香も。 |
志都美 | 何なの? |
清家 | 話したいことがある。 |
志都美 | |
清家 | これ、やっちゃってからじゃ駄目なの? |
志都美 | 大事な話なんだ。 |
志都美 一平 静香 | ………。 |
家族の面々はテーブルにつく。
|
||||||||||
静香 | やっぱり…… |
---|---|
清家 | なんだ? |
静香 | テーブル、ずらさない? |
志都美 | 賛成。 |
一平 | 言ってよ、言ってよ。 |
一平・志都美・静香、即座に席を立って離れるがー。 |
|
清家 | ここでいい。 |
---|---|
静香 | だってこれ、相当よ。 |
志都美 | 腰にくるわ。 |
清家 | 今さらなんだ。それくらいの努力、して当然だ。 |
一平 | 少しぐらいずらしたっていいだろ。 |
清家 | 場所は前から決まってる。テーブルもずっとここだった。(椅子を示しつつ)母さんがここ。父さん、一平、静香。そこが哲平だ。 |
志都美 | ……そうね。(座る) |
静香 | 母さん。 |
志都美 | 父さんの言う通り。前はそうやってたんだからそうしましょ。ことさら変える理由はないし。 |
一平 清家 | ………。 |
志都美・一平・静香、清家が示した通りに、再びテーブルにつく。
|
||||||||||
清家 | あとは哲平だな。 |
---|---|
志都美 一平 静香 | ………。(なんとなく哲平の椅子を見る) |
清家 | あいつが来れば1年2か月前とおんなじだ。 |
志都美 | それで何なの、話って。 |
清家 | 今日は、家族復活の日だ。 |
一平 | なんだ、それ。 |
清家 | 一家5人、もう一度、清家の家族としてやっていこうと父さんは思ってる。 |
志都美 | ……それで? |
清家 | 実は前々から話そうと思ってたんだがな。実はな。この1年あまりかけて、ずっと考えてきたことなんだがな。 |
志都美 | だから何? |
一平 | (出し抜けに)母さんは静香の結婚、反対なの? |
静香 | (驚いて)兄さん。 |
清家 | 何言い出すんだ、お前。 |
志都美 | 反対よ。 |
一平 | なんで? |
志都美 | 顔がちょっと。 |
一平 | 母さんが結婚するんじゃないんだよ。 |
志都美 | そんなことになったら母さん首くくるわよ。 |
静香 | 普通、そこまで毛嫌いする? |
志都美 | はっきり言うけど、あの男は見る目ないわよ。 |
清家 | (一瞬考え)見る目はあるだろう、静香を選んだんだから。 |
志都美 | 世の中をよ。周りを見る目がないの。 |
静香 | どうしてわかるの、そんなこと。 |
一平 | (席を立って)俺は賛成。 |
清家 | お前が決めることじゃない。座れ。 |
志都美 | (哲平の席にずれ)静香、本当に結婚したいの? |
静香 | そう言ってるじゃない、何度も。 |
志都美 | 本当にあの男と一緒になりたいの? 結婚がしたいんじゃないの? |
静香 | (一瞬窮するが)両方よ。 |
志都美 | お前、まだ23よ。 |
静香 | 母さん、あたしの年でもうあたしを産んでた。 |
志都美 | だから失敗したんじゃない。 |
清家 | 何だよ、失敗って? |
志都美 | 誰だって思うのよ。いろんなこと、独身時代に思う存分、もっとやっとけばよかったなぁって、絶対そう思うんだから。 |
静香 | (席を立って)あたしと母さんは違う。 |
志都美 | どこがいいの、あんな年寄り。 |
静香 | 年寄りって母さんと同い年よ。 |
志都美 | そうよ、今年46歳。お前は23。あの男とお前は(席を立ち)ダブルスコアよ。 |
一平 | (席を立って)ンなの、好きになったら関係ないだろ。 |
清家 | 世間は笑うぞ。 |
静香 | 父さん……。 |
清家 | 好奇の目の大集合だ。みんな座れ。 |