薮内 | あ………。 | |
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寝間男 | ………。(やおら、やってられないと頭を掻きむしる) | |
薮内 | ………。(しーっ、ですね、という仕草) | |
寝間男 | もう寝る時間ないよっ。 | |
薮内 | ………。(手を合わせて、すみません、という仕草) | |
寝間男 | お験いしますよ。ね? | |
薮内 | ………。(OKという仕草) |
薮内 | ……松木。 | |
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若背広男 | はい……。 | |
薮内 | 子どもを亡くすってのは辛いことだな。 | |
若背広男 | ………。 | |
薮内 | 安江さん、もっと陽気な人だった。元気で。なのに今はずーっと眉間に皺寄せて鬼のような顔してた。やりきれんな。 |
薮内、独りになってふと左の部屋へ行き、箱の塔を見あげる。 と、見ているそばから箱が1個、続けてもう1個、落ちる……。 薮内、無反応に人ごとのように見ている。落ちた箱を拾いあげ、適当な場所によける。 それから右の部屋へ戻ろうとすると、女の声が聞こえて─。 |
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女の声 | ……ていいの、あなた? | |
薮内 | あ……? |
背広男 | (頁をめくって掲げ)これはどうです、「教育の今──学級崩壊」。 | |
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薮内 |
(見て)これ、俺が書いた……。 | |
背広男 | そうっす、ヤブさんデスクで、俺がまだ駆け出しの頃。 | |
薮内 | 駆け出しの頃……? | |
背広男 | (いちいち頁をめくって掲げ)「終末医療を考える」「個人情報が危ない」「肝臓移植──ドナーという医学」。これ全部、ヤブさんと俺が一緒にやった仕事っすよ。 | |
薮内 | ………。 | |
背広男 | そうっしょっ? |
薮内 | あ、あの、今、松木って……? | |
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背広男 | わかります? | |
薮内 | え……? | |
背広男 | そうっす、俺、松木幸太郎っすよ。 | |
薮内 | ……! | |
紙袋女 | わかります?(マスク女を指し)この人、三井田安江さんよね? | |
薮内 | ……! | |
紙袋女 | だったら、あたしは誰なの? | |
薮内 | ……! | |
紙袋女 | しっかりしてよ、お父さん! | |
薮内、狭い鉢に入れられた金魚のように口をアグアグ……。 愕然と4人を見ていたが、不意にただならぬ悲鳴をあげて、両手で両の目を同時に覆う……。 途端に左の部屋にうず高く積み上げられていた、危うげな箱の塔が音をたてて、一瞬にして崩れ 落ちる……。 |