早いもので、初演(1994年11月)から丸6年が過ぎました。 その頃の日本にはまだ精子バンクの影も形もなくて、初演のチラシに「1995年、日本に初の精子銀行が設立」と書いていたのですが、翌1995年、本当に日本初の精子バンクが設立されました。図らずも初演のチラシは、予言チラシになったわけです。 この6年間で、不妊治療の情報はかなり浸透してきました。そのためか、不妊を案じてクリニックを訪れる女性も以前にも増して多くなっているそうです。 「初演は一種のお伽噺として、とても面白かったけど、やっと時代がそこまで追いついてきた。だからこそ、このお芝居を笑えない人は増えてるんじゃないの?」 取材に応じてくれた産婦人科の先生から、そんなことを言われました。 不妊治療後進国ニッポンにおいては、21世紀初頭の今でこそ、より切実な、生命の誕生をめぐる「ヒューマン・コメディ」として観ていただけるのかもしれません。 本日は一跡二跳の公演に足を運んで下さってありがとうございます。この出会いをいつまでも大切にしていきたいと、心から思っています。 |
白く小さい部屋。シンプルな応接セット。待合室である。 |
伊達 | (ふと目が合って)身を任せて。 | ||
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藤枝 | (逃れようと抵抗)何言ってンだよ、やめろよ、ちょっ、やめろって…… | ||
伊達 | (目が合って)抱えるだけですよ。 | ||
藤枝 | 抱える……? | ||
抵抗がなくなったところで伊達、藤枝の体を抱えあげ、ゆさゆさと揺すってみる。何やら感触を確かめている。 藤枝は訳がわからず、伊達のなすがまま―。 |
伊達 | ……奥さんと何かありました? | ||
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芳野 | ン。(泣きそうにうなずく) | ||
伊達 | どうしたんです? | ||
芳野 | 女房、妊娠したんだ。 | ||
藤枝と伊達、よく分からないまま、とりあえず拍手……。 | |||
芳野 | 避妊してたんだよ、ずっと。 |
芳野 | 女房、知ってんのか? | |
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藤枝 | うちに来たことがある……。 | |
芳野 | (いきり立ち)うちにい? | |
藤枝 | 違います自宅じゃないですよ。会社です、うちの会社。 | |
芳野 | 会社? | |
藤枝 | 妙にゴロのいい名前だったから覚えてるんです。芳しい野に芳しい子でヨシノヨシコ。お客として来ましたよ。 | |
伊達 | お客としてって、お宅、銀行か何か……? | |
藤枝 | 銀行は銀行なんですがね。 | |
芳野 | まさか、サラ金……? | |
藤枝 | ベイビー・プレゼンツです。 | |
伊達 | (驚く)ベイビー・プレゼンツって、あの……? | |
芳野 | 何だよ、それ? | |
藤枝 | 精子バンクですよ。 |