背中を押されたように、喪服の人々もそれぞれ袱紗包みを取り出し、したためられた日の丸を順に、器に水に浸していく。 次々に溶けて、次々に消えてゆく日の丸……。 |
やがて全員が入れ終わると、今度は喪服の人々、独りずつ、手にしていた桜の小枝を赤く濁った器の水に挿し入れていく。 小ぶりではあるが、ガラスの器に盛られた、満開の桜……。 音楽が高まっていく。 |
男2 | ガルーダって知ってます? | ||
---|---|---|---|
男1はぴくりとも動かない。 | |||
男2 | インド神話に出てくるんですよ。首から下は人間なんだけど、頭は鳥なんです。嘴があって、鷲にそっくりで、赤い翼が生えてる。知りません? | ||
男1 | ………。 | ||
男2 | そのガルーダってのが身の程知らずっていうか勇ましくて、インドの神々、神様に次から次に闘いを挑んでは勝ち続けるんです。勝っちゃうんですよ、半分鳥野郎が神様に。だもんで神様は、こんな強い奴を敵に回したらとんでもないと思ってガルーダの力を認め、それでガルーダは晴れて「自由の身」になれたんです。 |
男1はハンカチで口を押さえている。 男3、桜の枝を手に、男1のすぐ隣に、空気のように座る……。 | |||
男3 | 気分悪いんすか? | ||
男1 | 中に入ったとき、体中にまとわりついてくんだよ。澱んでる。 | ||
男3 | 何が? | ||
男1 | 知らないよ。 | ||
男3 | なんか匂います? | ||
男1 | 知らないけど、何か、ドアの向こうから漂ってくるだろ。 |
男1 | 実の妹さんですか? | |
---|---|---|
女1 | ……どういう意味? | |
男1 | あ、いえ……。 | |
男3 | 岬さん、肉親いないって言ってたんですよ。それで……どうなってんだ? | |
女1 | あの遺体はまるで別の人です。兄じゃありません。でも本籍は合ってるんです。おかしいでしょう? |