中原 | これ、文也に弾かせたかったなぁ。あ、文也って言うんだよ、二歳で俺を捨てやがった息子の名前。 |
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福島 | (原稿を集めつつ)別に中原さんを捨てようと思って亡くなったわけじゃないでしょう、二歳の子が。 |
中原 | おんなしなんだよ。(ミニピアノをつま弾いて)みんな俺を捨てて、どんどん俺の前からいなくなっちまいやがる。 |
福島 | ………。 |
太宰 | 先に逝ってしまった人間はズルいよね、忘れられなくなるから。 | |
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福島 | あ、そういう意味ですか。 | |
太宰 | そうやっていつまでも生き続ける。それをぼんやり思い続ける僕は君、生きているんだか死んでいるんだかわかりゃしない。死んだ人こそ生きているのかもしれないよ。 | |
床に落ちている紙ヒコーキを手にして太宰、なんということもなく一〜二回、飛ばしてみて−。 | ||
太宰 | 落ちてしまう宿命なんだよね。 | |
福島 | え? | |
太宰 | 紙ヒコーキ。(拾いに行く) | |
太宰 | 用があって来たのだろう? |
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<女> | 数えたらお金、少ししかなくて。足りないと思うの。 |
太宰 | それは困ったな。 |
初代 | でも質屋。あたしの袷を一枚と帯二本。それで工面できるんじゃないかしら。 |
太宰 | 僕のどてらと着替えの着物。あれも一緒に持ってくといい。ちょっとした旅行ができる。 |
初代 | 二人で水上に行ける? |
太宰 | 行けるとも。 |
福島 | (驚いて)水上って、谷川温泉ですか?心中した場所のことでしょう? |
太宰 | 先に逝ってしまった人間はズルいよね、忘れられなくなるから。 | |
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高瀬 | あなたは先生に原稿を書かせようと、何かしら事にあたらせようとしているのでしょう?だったら本気でおやりなさい。 | |
福島 | (当惑)な、なんで、そうなるんでしょう。 | |
高瀬 | なぜ肩を持つんですか、この男の……! | |
福島 | いえ僕は、別に……。 | |
高瀬 | 黙って見過ごし、意見しないのは同じ事……! | |
福島 | あ……。 | |
高瀬 | 私の気持ちは分からないの?わけ知り顔の、この男の気持ちは理解できて、私の思いは勝手に始末しろ? | |
福島 | ……あ……いや……(言葉が継げない) | |
不意に高瀬、荷物に駆け寄ると、鬼気迫る勢いで本を石の宮澤に投げつける。激しく次々にたたきつける。 | ||
中原 | ……小林には言ったのか? |
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泰子 | まだよ。 |
中原 | 俺、言っとこうか。あいつ、こっち来ることになってっから。 |
泰子 | だから、なんであんたが言うのよ。 |
中原 | 別に理由なんかねぇよ。 |
泰子 | これはあたしのことなんだから、きちんと自分で言うわよ。 |
中原 | ふぅん。 |