中原 | 福島ちゃん。 | |
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福島 | はい? | |
中原 | 俺がいけないのかね?俺がいけないからみんな行っちまうのかね? | |
中原、流れるように言葉を紡いでゆく。 それは前に出だしのフレーズだけ書いていた新作……。 繊細で憂いに満ち、遠く懐かしい故郷から雲に乗って届いてくる母の子守唄にも似たメロディ……。 中原中也、見事にひとつの楽曲を一気に弾き終えて−。 | ||
中原 | 福島ちゃん。 | |
福島 | ……はい。 | |
中原 | 詩、出来ちまったよ。 | |
宮澤 | 以前、私は妹を亡くしてね。 | ||
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福島 | 妹……? | ||
宮澤 | 彼女にも何もしてやれなかった。私はおろおろ看病したり、一心に祈ったり、私にはそんなことしかできない。 | ||
福島 | だから高瀬さんにも何もできないって、そう言うんですか。 | ||
遮るように宮澤、力強くピアノを弾く。 新作の続きであるそれは、怒濤のように佳境に向かっていき−。 何も寄せ付けず、何も受け付けない、圧倒的な音色……。 ひと思いに書き終えた宮澤、呼吸も乱れがちのまま−。 | |||
宮澤 | ……これで、満足なのだろう。 | ||
太宰 | 書き始めたらハチヨ、来てくれたし。やり直せそうな気がして。 | |
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福島 | だからしょうがないでしょう、心中をやり直したって。 | |
太宰 | 心中じゃないよ。 | |
福島 | え……? | |
太宰 | 自分なのだよ。 | |
福島 | 自分を……? | |
憑かれたように太宰、ピアノを弾き始める。 中断していた新作に、次々新しい言葉が継がれていく。 果敢なげで、どこからも跡形もなく消えいりそうなメロディ……。 最後まで書き終えて太宰、じっと動かない……。 | ||
福島 | どうして僕が……。 |
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初代 | 答えて。あなたの言葉で。 |
福島 | (言い淀んで)なんとか言ってくださいよ、中原さん。宮澤さん。 |
初代 | もう、お邪魔いたしません。 |
福島 | 待ってください。太宰さん、どうして何も言わないんですか。 |
太宰 | (消え入りそうな声で)ハチヨ……。 |
福島 | 原稿を。(落ちている紙ヒコーキを集めつつ)書いた新作を読んでもらえれば……(と、初めて積もる雪に気づいて)これは……雪じゃない。 |
太宰 | ハチヨ……! |
福島 | ……どういうことなんですか。降ってくるのは雪じゃない。ちぎれちぎれの、これ、原稿ですよ……! |
太宰 | 新作書いたって、しょうがなかったんだよ。 |
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福島 | 死んだんですよね、初代さん……! |
中原 | 書いたって無駄なのに、ついつい忘れちまうんだ。 |
福島 | 忘れちまう?何を? |
太宰 | 死んだ人間なのだよ、僕たちも。 |
福島 | ……死んだ人間? |
宮澤 | そして君は死のうとしている。 |
福島 | ……! |
宮澤 | だから君はここにいる。 |
福島 | ! |