「目から鼻へ抜ける」という言葉があります。「抜け目なく、すばしこい。りこうな人のたとえ」だそうです。それに倣ったわけではないのですが、この芝居は「目から脳に繋がる物語」にしてみようと思いたってスタートしました。描きたいと考えていたテーマに近づくには面白いアプローチだと思えたからです。ところがスタートして目や脳と格闘するうちに、大きくクローズアップしてきたのは他ならぬ「耳」でした。前回公演のときに予告していた「K氏の右目の大叛乱」が副題となった訳はここにあります。
分かりにくい言い方で申し訳ないのですが、要するにこれは「耳=声」をめぐる物語にもなったようなのです。この「目から耳を経由して脳に繋がる物語」のその先に、果たして何が見えてくるのか、大いに想像力をかきたてていただければ幸いです。
1995年11月・古城十忍
男の声 | 見えますか? 今、右に、テーブルを挟んで向かい合う2人の人間、左に一軒家。 |
---|---|
藪内 | あ、これ家なんですか? |
男の声 | そう思ってください。見えてますね? |
藪内 | 見えます。 |
男の声 | それじゃ、今から2人の人間が動きますから…… |
藪内 | (驚いて)動くんですか、この人たち? |
が、すでに何も映っていない右の膜一面が一瞬、真っ白になったかと思うと、白の皮膜そのものが音をたてて剥れ落ちて−。 そこに2人の人間。 スライドの絵さながらに向かい合う男と女……。 と、男と女は藪内のほうをゆっくりと振り向き始め、すると2人の輪郭は音もなくズレて、男・男、女・女の4人の人間になる……。 藪内を見つめる4つの顔、そろって微笑が浮かんで……。 震える体で目を奪われていた藪内、思わず体ごと顔を引いて両手で右目を押さえる。 |
藪内 | おい。 | |
---|---|---|
背広男 | 何すか? | |
藪内 | クエスチョンマークが出ないぞ、これ。 | |
背広男 | へ? | |
藪内 | さっきからそのマーク、押してンだけど。 | |
背広男、パソコンを慣れた手つきで操作して−。 | ||
藪内 | あ、そうかそうやるんだった。 | |
若背広男 | あっちの部屋、何もないんすね。 |
---|---|
藪内 | ………。(若背広男の顔をまじまじと見る) |
若背広男 | どうしたんすか? |
藪内 | ……あ…この頃どうも忘れっぽくて。 |
紙袋女 | 箱も何も、何にもないじゃないの、あっちの部屋。 |
---|---|
藪内 | ……!(女2人が視界に入って驚愕) |
女2人 | あ……。(互いに気づいて軽く会釈) |
藪内 | ……ぁぁあ!(尻餅をつく) |
女2人 | (同時に振り向き)どうしたんですか? |