中年の女 | ……どうかひとつ、納めてください。気持ちですから。 |
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猪瀬 | ほんとにお断りしてますんで。 |
中年の女 | 受け取ってくださいな、先生。これはそういうアレじゃなくて、謝礼なんですから。 |
中年の男 | (封筒を突きつけ)謝礼なんですから。 |
猪瀬 | 別に謝礼をもらうようなことじゃないですよ。 |
執刀医 | 早く処置しないとクランケこのままじゃ…… | ||
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麻酔医 | 輸血パック追加。(猪瀬に答えて)1400cc越えました。 | ||
執医医 | どこだ?どこが出血してるんだ? | ||
加速を続けるデジタル時計は、もはや表示が読み取れないほど、と、めまぐるしいオペ・クルーの動きが一斉に止まって…。 | |||
執医医 | 脾臓だ……脾臓破裂。 | ||
麻酔医 | 脾臓破裂……? | ||
執医医 | 脾臓は左で虫垂は右。見事に逆でしたね。 | ||
猪瀬 | 生前葬のBGMか? | |
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福泉 | もう決めてたんだけどなぁ、僕だけの葬送行進曲。 | |
猪瀬 | 君の世代ならラップってやつか? | |
福泉 | 全然。聞いてみます? | |
猪瀬と福泉、ソファに掛けてイヤホンを耳に。 デジタル時計の表示は[23:05]になっている。 福泉MDを再生……。 すると突然、音楽の彼方から激しい言葉の洪水の渦があふれ出る。 穏やかな表情の福泉とは裏腹に、猪瀬は驚いて目を見張る……。 いつのまにか時計の表示は[0:30]になっている。 | ||
デジタル時計の時を刻む速度が、ゆるやかに流れゆくように、やや速くなる……。 しばらくして、深町が現れる。福泉が音楽を聴いているとわかるや近づいて傍らに座ると、耳の後ろにフッと息を吹きかける。 福泉、びくっと驚いて振り返ると−。 | ||
深町 | サボり魔。 | |
福泉 | ………。(安堵で大きく息を吐く) | |
深町 | 夜中に点滴、交換にくるって言われてたんでしょ。 | |
福泉 | 心臓、止まるかと思った。 | |
深町 | 止まって、死にたいんならサボっても構わないわよ。 | |
福泉 | 死んだらリセットしてくれます? | |
深町 | え? | |
福泉 | 僕の体。 | |
深町 | ……ごめん。 |
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景浦 | 残り半分、海に撒くの、一緒に行きたいって言わなかったか。 |
深町 | ほんとにごめん。うっかりしてた。 |
景浦 | (粉を見たまま)1周忌だぞ。 |
深町 | ………。 |
景浦 | (粉を見たまま)シタイが寂しがるだろ。 |
深町 | 忘れてたわけじゃないのよ、悟君のこと。いつも気にとめてた。ほんとに今だけ、ついうっかり……。(口をつぐむ) |