この作品には45人もの人物が登場します。その45人すべてに、モデルとなった実在する人がいます。「こういう人に話を聞きたい」と思う人々をリストアップし、その方々に俳優たちと私は手分けして連絡を取り、直接お会いし、取材インタビューという形でお話を伺いました。お話は伺ったものの残念ながらこの舞台には登場しない人物もいるので、私たちが取材をした人の数は50人を超えました(中には追加取材として再度お会いした方も数人いらっしゃるので、延べ人数にするとさらに多いことになります)。
インタビューに費やした時間は長短ありましたが、平均1時間から1時間半だとして計算すると、インタビューを録音していたレコーダーの総時間は50~75時間に及びます。これをまずは、ひたすら聞いては書き取り、聞いては書き取りして、すべて原稿に起こします。ここまででも途中で放り出したくなるほど大変な労力が必要でしたが、そこから言葉を選び取るのはさらに骨の折れる困難な作業でした。まさか上演時間を10時間とするわけにはいかないので、せっかく伺った貴重なお話ではあっても舞台の上で語られるのはせいぜい、一人数分以内に収めなければなりません。
「どの言葉がその人にとって重要なのか」「どの言葉が聞いた私たちにとって重要なのか」「どの言葉がその人の個性をよく表しているのか」「そもそもこの取材そのものに意義はあったのか」。さまざまな判断基準に基づいて、稽古場で試行錯誤を繰り返しました。
試行錯誤の手順はこうです。まず取材してきた俳優が、取材した人物のプロフィールや取材状況について報告し、次に俳優自身がインタビューで面白いと感じた一部分を、取材した相手になりきって再現してみせる。それが終わると全員で質疑応答。「何が面白く、何がつまらなかったか」「何がわかり、何がわからなかったか」。このプロセスを約50人分、延々繰り返します。そして少しずつ少しずつ言葉を圧縮し、言葉を再構成し、一つの場面として徐々に戯曲に取り込んでいくのです。
「ドキュメンタリー・シアター」と呼ばれる演劇はおおむね、こうした地味な作業の繰り返しの果てにできあがります。昨年、私たちはこの手法でつくられた『アラブ・イスラエル・クックブック』という翻訳劇を上演しましたが、まったく何もないところから、この手法で作品をつくり上げる大変さは想像以上に途方もないことでした。それは単純に時間のかかる工程が多いということだけではなく、何よりも「人の言葉をどう取捨選択し、どのように伝えるか」、その判断の厳しさが身に滲みたからです。
たまに誤解されることがあるのですが、「ドキュメンタリー・シアター」は取材インタビューの模様をそっくりそのまま再現することではありません。もちろん取材してきた相手の物真似をすることでもありません。インタビューで得た言葉をもとに演劇の手法を用いながら、「新たな世界」を再構築して観客の皆さんの前に提示すること。これが私たちの目指した「ドキュメンタリー・シアター」です。
果たして「新たな世界」が構築できたかどうかは観ていただいて判断していただくしかありませんが、舞台上で語られる言葉のひとつひとつが、どれもこれも、「今、この社会で生きている誰かの、紛れもない本心、であること」。この事実は相当に重いと私は考えています。
『誰も見たことのない場所』はこんな演劇です――。
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