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若背広男、藪内を強引に抱きかかえて左の部屋へ。
紙袋女は二人が部屋を出ると、室内を見回し、ビールや弁当を手にとって見る。
左では若背広男が替えを出しつつ、藪内の着替えを手伝って−。 |
藪内 | 見たか見たか、あの顔。 |
若背広男 | あれが安江さんなんですか? |
藪内 | 図々しいだろ? しらばっくれようとしたりして。 |
若背広男 | 違うんじゃないっすか? |
藪内 | バカ、目、見なかったのか? |
若背広男 | 目? |
藪内 | なんかこう冷たぁくて、底冷えがして、思わずブルブルッとくるような…… |
若背広男 | ブルブルッときたらまた漏らしちゃいますよ。 |
藪内 | 俺は漏らしとらん。(ズボンを投げる) |
若背広男 | わ。投げつけることないっしょ。 |
藪内 | ……あの女、何しに来やがったんだ? |
若背広男 | 記事にするの、バレたとか? |
藪内 | バレたぁ?(パンツを投げる) |
若背広男 | パンツはやめてください、パンツは。 |
藪内 | お前、バレるようなことしたのか? まさか、ハナクソみたいに三井田んちに乗り込んだのか? |
若背広男 | そんなことしませんよ、デカじゃないんすから。 |
藪内 | じゃ何しに来たんだよ、安江さん。 |
若背広男 | 聞いてみればいいじゃないすか。 |
藪内 | 俺が聞くのか? |
若背広男 | だってもともとご近所の知り合いなんでしょ? |
藪内 | 今や容疑者なんだぞ、このたびはご愁傷さまでって言ってるそばから刺されたらどうすんだよ? |
若背広男 | なんで刺されるんすか、何にも持ってなかったでしょう? |
藪内 | 紙袋あったじゃないか、包丁の1本や2本楽に入るぞ、あれ。 |
若背広男 | ンなバカな。 |
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座った紙袋女、張りのある声で左の部屋に−。 |
紙袋女 | 私、出直さなきゃいけないんですか?[ On Line Theater ]
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若背広男 | (声を張り)あ、今行きますから。 |
藪内 | 俺は行かない。 |
若背広男 | 何言ってンすか、普通に応対しないとかえって怪しまれますよ。 |
藪内 | 行きたくない。 |
若背広男 | だってそれこそチャンス、スクープの裏取るチャンスでしょう? |
藪内 | (声を潜め)殺されかけたんだよ俺も、あの女に。 |
若背広男 | (驚いて)……いつですか? |
藪内 | 殺して肝臓を取ってやるって言われたんだ。あの女、俺のことも狙ってたんだよ。けど俺はそんなヤワじゃなかったから、代わりに…… |
若背広男 | 耄碌じいさんを殺っちゃったんすか? |
藪内 | 怖い女だよ。 |
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右の部屋で電話が鳴る。
いつのまにか「繋ぎ」に出て、二人のやり取りに聞き耳をたてていた紙袋女、すまして座りつつ−。 |
紙袋女 | 電話、鳴ってますけど。 |
若背広男 | あ、すいません、今。 |
藪内 | 行くのか? |
若背広男 | 行かなきゃしょうがないっしょ。 |
藪内 | 頑張ってこい。 |
若背広男 | ヤブさん。 |
藪内 | (親指をたててall right のサイン) |
若背広男 | 行かなきゃダメっすよ。(連れて行こうと) |
藪内 | (抵抗し)ヤだって言ってんだろ、一人で行け、これは上司の命令だ。 |
若背広男 | こんな時こそ上司が先陣切ってくれなきゃ…… |
藪内 | 俺はデスクだ、現場はお前に任せる…… |
若背広男 | 何勝手なこと言ってンすか…… |
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たまりかねた紙袋女、二人が争っている左の部屋に入って−。 |
紙袋女 | いいんですか、出なくて……! |
若背広男 | あ、すみません……。 |
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若背広男、女の横をすり抜けるように右の部屋へ。
藪内も視線を避けるように若背広男に続く。
最後にため息混じりに女も戻り、紙袋女が座ると、先に座っていた 藪内はやや距離を置いて座り直す。
若背広男はバッグから携帯電話を出し「繋ぎ」に出て−。 |
若背広男 | はい。あ、そうです。……すいません、ちょっと時間食っちゃってて。いえ、トラブルってほどのことじゃ……いえホントに掛橋さん、全然問題ないですから。……あ、はい、分かりました。 |
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若背広男、電話を切ると、戻ってきつつ紙袋女に−。 |
若背広男 | どうもすみませんでした。 |
紙袋女 | (弁当を示し)いつもこんなもの食べてるんですか? |
若背広男 | 毎日、のり弁じゃないっすよ。 |
紙袋女 | 毎日、コンビニの弁当なんですか? |
若背広男 | 一応、ブンヤの基本といいますか、スクープ狙ってますんで。 |
藪内 | (驚いて)松木……! |
紙袋女 | (藪内にはっきりと)この方、「松木」っておっしゃるんですか? |
藪内 | あ、はい。松木幸太郎つってふざけた名前で。 |
若背広男 | 別にふざけちゃいないっしょ、いい名前じゃないすか、松木幸太郎。 |
紙袋女 | (藪内に)どういうご関係なんですか? |
藪内 | 部下なんですよ、会社の。 |
紙袋女 | 新聞社の? |
若背広男 | なんの因果か、そういうことになっちゃいまして。 |
紙袋女 | (藪内に)独身なんですか? |
藪内 | え? 私は女房いますけど。里子、ご存じでしょう? |
紙袋女 | それは知ってます。聞きたいのはこちらの方。 |
若背広男 | あ、独身ということで。 |
藪内 | そうなんですよ、まだまだ若造で。 |
紙袋女 | (藪内に)本当に独身なんですか? |
藪内 | お前、誰かいるのか? |
紙袋女 | (藪内に)紹介したい人、いないんですか? |
藪内 | いえ、それが全然。 |
紙袋女 | (食ってかかるように)全然? 一人も? |
藪内 | (押されつつ)ええ。誰かいい人いませんかねぇ。 |
紙袋女 | ……そうですか。 |
若背広男 | ………。(気まずい) |
紙袋女 | 食事のことですけど。 |
若背広男 | あ、はい。 |
紙袋女 | 私、時々作って持ってきます。 |
藪内 | (即座に)要りません。 |
紙袋女 | (カッと)どうして? |
藪内 | いえもうお気持ちだけで、はい、十分でございます。 |
紙袋女 | これじゃ栄養が偏るわよ! |
若背広男 | 奥さん。 |
藪内 | ……何、怒ってるんですか? |
紙袋女 | 怒ってないわよ、誰が怒ってるのよ、私は体のことが心配で……! |
藪内 | だ、だって変でしょう? うちには女房が、里子がいるんだから…… |
紙袋女 | どこに! |
若背広男 | あの…… |
紙袋女 | 女房がどこにいるっていうの! |
若背広男 | 落ち着いてくださいよ。(はっきり)安江さん……! |
紙袋女 | ………。(若背広男を見る) |
藪内 | 気遣っていただいて嬉しいんですが、好きなんですよ、ここの弁当。だからほんとにお気持ちだけで。な、松木。 |
紙袋女 | ……アルコール、飲んでいいんですか? |
若背広男 | まぁ、たしなむ程度なら。 |
紙袋女 | よくないんじゃないの、肝臓に。 |
藪内 | ……!(思わず肝臓のあたりを押さえて後ずさる) |
紙袋女 | 何ですか? |
若背広男 | いえ別に、食事、途中だったから腹減っちゃってて。今、僕の腹、鳴ったの聞こえちゃいました? ヤだなぁ、ヤブさん、鳴ったの僕ですよ。 |
紙袋女 | ……私、失礼します。(行こうと) |
若背広男 | え? もう帰っちゃうんですか? |
藪内 | 申し訳ないです、お構いもしませんで。あの、安江さん。 |
紙袋女 | ……何ですか? |
藪内 | なんでいらっしゃったんですか、いえあのわざわざ。 |
紙袋女 | 近くまで寄ったものですから。 |
藪内 | あああ、なるほど。 |
紙袋女 | 私もひとつ、お伺いしていいですか? |
藪内 | 何でしょう? |
紙袋女 | あなたにお子さんは? |
藪内 | いませんけど。 |
紙袋女 | ………。 |
藪内 | それが何か? |
紙袋女 | いえいいんです。お邪魔しました。 |
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紙袋女、険しい表情で帰っていく。
男二人は無言で見送っていたが、その姿が見えなくなるや−。 |
藪内 | 聞いただろ、聞いただろ、肝臓のこと。 |
若背広男 | そんなに安江さん、肝臓移植やりたがってたんすか? |
藪内 | 今度はお前に目ぇつけたな。 |
若背広男 | なんで俺に矛先が向くんすか? |
藪内 | お前のこと、やたら気にしてたじゃないか、独身なのか、いい人はいないのかって。あ……! |
若背広男 | 何すか? |
藪内 | 松木、お前、今の会話、録音したか? |
若背広男 | 録音? してませんけど。 |
藪内 | これだよ。これだから駆け出しの半人前のぺーぺーとは組みたくないんだよ。 |
若背広男 | なんか録音しなきゃいけないんすか? |
藪内 | おまけにこれだよ。しなきゃいけないんすか? ドキュメント仕立てにすりゃ絶好の続報になるだろが。 |
若背広男 | (芝居がかって)し、しまったぁ……! |
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携帯電話が鳴る。 |
藪内 | ほぅら奴さん、せっついてきた。 |
若背広男 | 奴さん? |
藪内 | ハナクソ部長だよ。原稿まだかってうるさいぞぉ。 |
若背広男 | もしハナクソだったら代わってくださいね。 |
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若背広男は電話を取り出し、少し離れて−。 |
若背広男 | はい……ああ。(送話口を押さえ藪内に)違いました。(電話に戻り)え?それがまだ動けなくて……やってますよ、しょうがないでしょう、仕事なんだから。……掛橋さん、こっちからかけます。いやだから今はまだちょっと、あとで掛け直しますんで。……はい、そういうとで。はい、あとで。(切る)
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あらぬ方を見ていた藪内、そのままの体勢で−。 |
藪内 | 松木。 |
若背広男 | (しまいつつ)すいません、ちょっとプライベートで…… |
藪内 | (小指を立てて)コレか? |
若背広男 | 違いますよ。 |
藪内 | うちの社にカケハシって確かいないぞ。 |
若背広男 | 聞いてたんすか? |
藪内 | 昨日もかかってきてたし。 |
若背広男 | (驚いて)記憶力いいじゃないですか。 |
藪内 | (ふと不安)あれ? 一昨日だったかな? |
若背広男 | ヤブさん? |
藪内 | (不安が募って)あれ? 今日、何日だ? あれ? |
若背広男 | (慌てて)まぁ、どっちでもいいじゃないすか。(芝居がかって)あれぇ?煙草ないな。俺、ちょっくら買ってきますね。 |
藪内 | 電話だろぉ? |
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目を合わせた藪内と若背広男、同時に「シシシシシ……」と笑う。
若背広男はバッグを置いたまま出ていき、藪内は独り、急に手持ちぶさたになって、おもむろに双眼鏡を覗いてみる。
すると何か気になるらしく、双眼鏡を外しては目をしばたかせてまた覗き、覗いては外して目をしばたく……。
何度か繰り返すうちに、ふと女の声が聞こえて−。 |
女の声 | もういいんですか、あなた? |
藪内 | あ……? |
女の声 | ごはん、終わったんですか? 片づけちゃっていいの? |
藪内 | まだ途中だった。(若背広男の食べかけを食べ始める) |
女の声 | もうダラダラ食べるのやめてよ。ちっとも片づかないじゃないの。 |
藪内 | 忘れてたんだよ、今食ってるから。水、持ってきてくれ。 |
女の声 | 聞こえてるの? |
藪内 | だから水だよ、里子。 |
女の声 | ………。 |
藪内 | おおい、里子、水だってば。里子ぉ? |
女の声 | ………。 |
藪内 | 何だよ、しょうがないな。水くらい持ってきてくれたって、バチは当たらないだろ…… |
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藪内が立ち上がろうとすると、いつのまにかショルダーバッグを肩に背広男が立っている。
右目に眼帯をつけている……。 |
背広男 | 食事中でした? |
藪内 | あ……。(止まってじっと顔を見る) |
背広男 | のり弁っすか、結構イケるんすよね、コレ。 |
藪内 | ………。(じっと顔を見ている) |
背広男 | (眼帯を指し)あ、これ? なんか眼精疲労から軽い炎症を起こしちゃいましてね。見にくいのなんのって。ヤブさんの気持ち、痛いほど分かりましたよ。
ヤブさんはもうすっかりいいんすか? |
藪内 | いやぁ、それがまた最近ちょっと…… |
背広男 | ブレるんすか? |
藪内 | 肩凝りがひどいんだよね。 |
背広男 | あ、それ。それは十中八九、目の使いすぎ。ヤブさん、昔っから徹夜で原稿書くの好きだったから。 |
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言いつつ、背広男はバッグから小型のテープレコーダーを出して、新しい電池とテープをセットし始める……。 |
藪内 | あのぅ、あなた……? |
背広男 | 分かります? |
藪内 | 何してるんですか? |
背広男 | ああ。この会話、ちょっと録音していいすか? |
藪内 | 録音? なんで? |
背広男 | マズけりゃやめますけど。マズいっすか? |
藪内 | そんなこともないけど…… |
背広男 | (録音ボタンを押して)なんつって、もう押しちゃってますけど。あれからだいぶ進みました? 大宅壮一ノンフィクション大賞。 |
藪内 | ノンフィクション……? |
背広男 | ほらなんか覚え書、書いてるって言ってたじゃないすか。 |
藪内 | 覚え書……? |
背広男 | 忘れたんすか?(パソコンを示し)あれ。あれに入ってるフロッピー、そうなんでしょ? |
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その言葉に押されて藪内はパソコンに向かう……。
キーボードをじっと見て、おもむろにキーをたたき始めるがパソコンはまったく反応せず……。 |
背広男 | ヤブさん、ヤブさん? |
藪内 | 何だ? |
背広男 | 電源入ってないっすよ。 |
藪内 | あ……。 |
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藪内、電源を入れようとするが入れ方が分からない……。 |
背広男 | ヤブさん……? |
藪内 | (ぷいとパソコンから離れ)また目の調子、悪くなってきたかなぁ。 |
背広男 | やっぱ人間だけ大きくブレたりするとか? |
藪内 | (双眼鏡を指し)それ、覗いてみるんだけどね。 |
背広男 | え? 双眼鏡っすか? |
藪内 | 前は右で見えンのと左で見えンのが一致しなかったんだよ。 |
背広男 | で、今は? |
藪内 | 左が見えない。 |
背広男 | 見えない? |
藪内 | というか、時々こう霞がかかったようにモヤってるっていうか…… |
背広男 | それもヤバいんじゃないすか? |
藪内 | 慣れりゃどうってことないんだけどね。 |
背広男 | どうってことないんすか? |
藪内 | うん、慣れりゃね。 |
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藪内の態度はどこかよそよそしい。
背広男、気を取り直すようになんとなく室内を見回して、紙袋女が持ってきた紙袋がそのままにあるのに気づいて−。 |
背広男 | 何すか、あの大きな紙袋。 |
藪内 | え? |
背広男 | そこ、置いてあるじゃないすか、紙袋っすよ。 |
藪内 | あんたが持ってきたの? |
背広男 | 違いますよ、あったんすよ、ここに。あったっしょう? |
藪内 | 初めから? |
背広男 | 初めからっすよ。開けてみましょうか? |
藪内 | (思わず大声)あ……! |
背広男 | どうしたんすか? |
藪内 | 爆発する。 |
背広男 | (驚いて)爆発? |
藪内 | 触るな。大抵そういう仕組みになってんだよ、開けるとバーン。木っ端微塵。 |
背広男 | (一瞬止まるが)まさかぁ。(触ろうと) |
藪内 | うわわわわっ!(慌てふためく) |
背広男 | ……マジっすか? |
藪内 | 巻き添えはごめんだからな。 |
背広男 | な、なんでそんなヤバいものが、ここにあるんすか? |
藪内 | 安江だよ、安江さんが置いてったんだ。 |
背広男 | 安江さんって三井田の? |
藪内 | 貴様、知り合いか? |
背広男 | 来たんすか? ここに? |
藪内 | そうか、安江さんがそれ置いてって、貴様が何げに俺に開けさせようって、ハナっからそういう作戦だったんだな? |
背広男 | 何独りで盛り上がってんすか。何すか、作戦って。こんなもん、どうってこと ないすよ。(手にする) |
藪内 | バカ、よせって。わ、わ、わああああ……! |
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身をよじって逃げようとする藪内をヨソに背広男、がさごそと袋の中を覗き見て−。 |
背広男 | 「アテント」ですよ。 |
藪内 | ……アテント? |
背広男 | (出して見せ)おむつ。紙おむつっすよ。ほら、赤ちゃん用だとパンパースとかムーニーマンとかあるじゃないですか。 |
藪内 | ……紙…おむつ……? |
背広男 | (読んで)「モレを防いで朝までぐっすり。新フィット・ギャザー」。試してみます? |
藪内 | なんだってそんなもの……? |
背広男 | ちょっと借りちゃっていいっすか? |
藪内 | おむつを? |
背広男 | トイレですよ。見てたら、なんか催してきちゃって。 |
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背広男、藪内の様子を気にしながら部屋を出る。
残された藪内は、どこかこわごわと双眼鏡を手にし、それで紙おむつを覗き、覗きながらゆっくりと近づいていく……。
すると紙おむつの横に足があるのに気づいて、藪内は驚いて双眼鏡を外して見あげる。
いつのまにか紙袋女が立っている……。 |
藪内 | ……や、安江さん。 |
紙袋女 | 面白い人に会ったから連れてきました。 |
藪内 | 面白い人……? |
紙袋女 | 入って、三井田さん。 |
藪内 | 三井田……? |
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藪内がもそもそと立つより早くマスクをした中年の女が現れて−。 |
マスク女 | あら、ヤブさん、元気そうじゃないの? いやね、ちょっと近くまで寄ったものだからどうしてるかと思って。そしたら、来る途中でばったり佐和子さんに会っちゃって。寒くなったわよねぇ。 |
藪内 | あの…… |
マスク女 | え? |
藪内 | 三井田って、どちらの……? |
マスク女 | 何そらっとぼけてんの、(マスクを顎にずらし)安江よ、三井田安江。 |
藪内 | ……! |
マスク女 | うちの耄碌じいさんも会いたがってたんだけどさ、なんせこの寒さでしょう?風邪ひいちゃって。あたしもそれ、もらっちゃったのよ。 |
藪内 | 耄碌じいさん、風邪ひいたって…… |
マスク女 | ああ、大丈夫大丈夫。まだピンピンしてっから。耳はすっかり遠くなっちゃったけど。 |
藪内 | ……! |
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そこへ背広男が戻ってきて−。 |
マスク女 | あらぁ、幸太郎さん。 |
背広男 | ……どうも。 |
藪内 | ……!(驚いて背広男を見る) |
紙袋女 | 来てたの。 |
背広男 | すぐまた、社に戻らなきゃいけないんだよ。 |
マスク女 | 大変よねぇ、新聞記者は。 |
藪内 | あ、あの今…… |
マスク女 | 何よヤブさんも風邪? 震えてるわよ。 |
藪内 | コータローって……? |
背広男 | 分かります? |
藪内 | へ? |
背広男 | 俺、松木幸太郎っすよ。 |
藪内 | ……! |
紙袋女 | 分かります?(マスク女を指し)この人、安江さんですよね? |
藪内 | ……! |
紙袋女 | だったら、あたしは誰なんですか? |
藪内 | ……! |
紙袋女 | しっかりしてください、お父さん! |
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藪内、狭い鉢に入れられた金魚のように口をアグアグ……。
愕然と3人を見ていたが、不意にただならぬ悲鳴をあげて、両手で両の目を同時に覆う……。
途端に左の部屋にうず高く積み上げられていた、危うげな箱の塔が音をたてて、一瞬にして崩れ落ちる……。[ On Line Theater ]
そして残るは、漆黒のかけらが世界一面に飛び散ったかのような、ただひたすら果てのない、闇。 |
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