左の部屋に藪内が独り。 散り散りばらばらに転がる、おびただしい箱に紛れてじっとうずくまり、中空に目を奪われている。 |
背広男 | 違うよ、ヤブさん。俺っすよ。 | |
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藪内 | (声を張り)松木、さっさとあげろよ、部長、怒ってるぞ。 | |
背広男 | ………。 | |
藪内 | すいません、ほんと急がせますから。 | |
背広男 | ……いいんだ、急いでないから。ゆっくり、いい記事書いてくれ。 | |
藪内 | (きっちり一礼して)失礼します。 | |
背広男は「繋ぎ」に出ると肩で大きく息を吐いて腰をおろす。 手にあるレコーダーに気づいて、じっと見る……。 |
背広男 | ……今はあれがヤブさんなんだよ。 |
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紙袋女 | ………。 |
背広男 | 昔のヤブさんじゃない。 |
紙袋女 | あなたは何だって簡単に割り切れる人よ。 |
背広男 | ………。(大きく息を吐く) |
紙袋女 | 私はそういうわけにはいかない。 |
背広男 | 俺だって努めてそうしてるんだよ、そうそう簡単に割り切れるわけないだろ。 |
藪内、引き止めようとする若背広男の手を振り払う。 さらに若背広男は引き止めようとする。藪内それも振り払う。 何度か繰り返して、藪内は左の部屋に入ると、手当たり次弟に箱をあちこちに放り投げる。 驚いて追って来た若背広男や背広男が後ろから抱きついて止めようとするが、藪内は振りきって箱を放り投げ続ける……。 やがて藪内、泣き始める……。 赤ん坊のように泣き続ける……。 |
佐和子 | 「どうしてあの家、売っちゃったの?」 |
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幸太郎 | 「ヤブさんたちが夫婦で決めてたんだからいいじゃないか。どちらかが死んだら家は手放すって」 |
佐和子 | 「それは母さんの思い出を捨てるってことでしょ?」 |
幸太郎 | 「だから違うだろ? 思い出の中で生きるにはまだ早いってそう言ってるんだろ?」 |
佐和子 | 「それが母さんと新しい人生を踏み出すってこと? 遅いわよ、いまさらそんなこと言ったって。母さんが生きてるときに言ってよ」 |
少年が駆け去って行くと、再び読経が波のように押し寄せてきて、葬送の列の影がぐんぐんと近づいてくる……。 | ||
佐和子 | 「だって父さん、ほんとに苦労のかけっぱなしだったもの」 | |
幸太郎 | 「ヤブさん、気落とさないでくださいよ」 |